第11章 偽り
「ねぇ、上ばかり見てると落馬するよ」
黒陽の城へ向かう道中、家康は馬を走らせながら、後ろでボーッと空を眺めているさえりが気になり声をかけた。
「あ、ごめん」
「謝ることないけど。何考えてたの」
「月を見てたの」
「月?」
家康は空をチラリ、と見た。
「あー、上弦の月だね」
暗くなってきた空には綺麗な半月が浮かんでいた。
「家康は、月は好き?」
いつだったか、さえりは光秀に聞かれたのと同じ質問をしていた。
「は?」
家康は首を傾げる。
「好きとか嫌いとか考えた事ない。月は月でしょ」
「まあそうなんだけど」
少しの間、沈黙が流れる。
家康はしまったと思いつつ次の話題を探す。何故こうも自分は口下手なのか。
さえりが再び口を開いた。
「ねぇ、家康」
「何」
さっき後悔したのに、もう素っ気ない口調になる。これは一生直らないな、と家康は思った。
「この前、俺にしなよって言ってくれた事があったでしょう」
さえりの頭が、コツンと背中に当たる。
「嬉しかった」
冗談だって、あの時誤魔化したのに。
家康は何も答えなかった。さえりは構わず話を続ける。
「あの時は自分の気持ちがわからなかったけど、あの後気付けたの」
「家康のお陰だね。まあ、相手の気持ちはわからないんだけどね」
さえりの体温が背中に伝わる。家康はため息をつき、ボソッと呟いた。
「悪女」
「ええっ」
「まあ、さえりが後悔しないようにすればいいんじゃない」
馬の速度を上げる。もうすぐ目的の城のはずだ。
「無駄なお喋りは終わり。そろそろ着くよ」
家康は切ない想いを振り払い、改めて気を引き締めなおした。