第10章 暗中飛躍
謀反が疑われている大名の名を黒陽といった。
その大名が治める町では、まことしとやかに噂が流れていた。織田信長に反旗を翻そうとしている武将がおり、その名を明智光秀という、と。
「しかも織田信長の左腕らしいわよ」
「おお、怖い。物騒な話だねぇ。火の粉が飛んで来なければいいけど」
「それよりも、黒陽様の税の取り立てが深刻だよ」
町人は好き勝手に噂話に花を咲かせる。噂の広がりは速く、光秀の名はいつしか大名の耳にも入っていた。
ある夜、光秀は大名の城を訪ねていた。
「明智光秀と申す。今宵は三日月夜、月明かりが少なく道は暗い。泊めて貰えぬか」
「これは明智殿。お噂はかねがね。私は黒陽と申します。どうぞごゆるりとお泊まり下さい」
黒陽は光秀の鋭い視線に圧倒されながらも、卑しい笑みを浮かべた。
「宴席をご用意致しましょう」
「お心遣い痛み入る」
豪華な宴席が設けられ、光秀と黒陽は酒を酌み交わしていた。広間は最新の装飾が施されており、雅で観る者を圧倒させる。
「これは見事な装飾ですね」
広間を見渡した光秀が褒めると、黒陽は満足そうに頷く。
「民からはしっかり税を取り立てております故」
「ほう……黒陽殿はなかなか切れ者でいらっしゃるようだ」
光秀の褒め言葉に気を良くしたのか、酒も手伝って黒陽は饒舌に語り始める。
「税は取り立ててナンボです。民がいないと国は成り立ちませんからね。民から巻き上げた金で飲む酒の旨い事。楽市楽座などして税の撤廃をするなど愚の骨頂だと思いまする」
光秀は片眉をピクリと上げる。
国、と言いながら結局は自分の贅沢のためだ。秀吉が聞いたらその場で切り捨てられそうだ。
「時に黒陽殿。先ほどお噂はかねがねと仰ってましたが、どのような噂を?」
「はっ、恐れながら……明智殿が謀反を企んでいると、お聞きしました」
光秀はすっと黒陽に顔を近づけ、声をひそめた。
「先ほどの黒陽殿の意見、同意する」
黒陽はこれ以上ない卑しい笑みを浮かべた。
「明智殿とは旨い酒が呑めそうです」
その夜遅くまで宴会は続いた。