第11章 珪線石の足音
彼女の好意は分かりやすく、そのバロメーターが上がると共にまず、俺に引っ付いて離れなくなる性質がある。
例えば料理を作り始めた頃なんかは分かりにくかったけれど、何か満たされるものが増えたり、初めて覚える感覚を知ったりすると、それを自分の中で整理して消化し、安心するまで離れないで傍にいたがる傾向にあるのだ。
今日の“これ”は、恐らく無意識的に俺の手から離れるのを拒んだ結果であろうと理解出来る。
決して身体を重ねることが嫌になったわけでもなければ、マンネリ化したとかそういった理由ではない。
ただただ俺から離れなくなく、ベタベタに甘やかされていなければ落ち着かない。
ただそれだけのこと。
通常、幼少期に通ってくるような道を通れなかったこの子が、何百年も経った今になってそれをようやく無意識的に行えるようになってきたというだけの事。
……だろうと、太宰から助言を入れられたことがある。
だからこそあいつはこの子の事を甘やかすし、彼女が望むことなら何にだって降参して聞き入れる。
そういう経験に乏しすぎて、あまりにも慣れて無さすぎるから。
言ってくれているうちに繰り返して覚え込ませていくのだと。
思えば、この子がたまにせがむ着替えやら洗髪やらだって、強請る相手がいなければできなかったこと。
ただ前世の記憶も特殊な能力も持たない人間共からすれば軽い幼児退行とも取れるであろう、そういうサインは日常的によく見られているものだったはずだ。
足りてないことにも気付けなくて、分からない穴を自分なりに埋めようと不意に俺に甘えてみて……一体どれほど飢えていればこんなことになりうるのだろうか。
考えてみれば当たり前であろう、何度繰り返し生きてきたかも分からないような長い年月を、知らなかったとはいえ孤独に過ごしてきた彼女のそれを、たったの一生で埋めることなど容易くできるはずがない。
だからこそ彼女の知らないことはどんどん試させるし、興味を持っていそうなことも多少強引だろうとさせてみる。
慣れるまでにはもっと時間が必要だし、いくらさせたとて彼女の中から欠落しているそれらを埋めるにはまだまだ時間が必要なのだろうから。
「シャツ皺になっちまうぞ、着替えさせてやろうか?」
『!!♡中也さん好き…っ』
「うん、知ってる。俺もお前が大好きだよ」
まあ、そういうところが可愛いらしいんだが