第2章 幸村精市の場合
いつもは恋人達で賑わっているであろう店内も
今日は私達一組だけだ。
まるで海辺にポツンと置き去りにされたような静けさで抑えめなピアノの音色もよく聴こえた。
次々と運ばれてくる料理はどれも美味しかったが、
魚料理が出てきては幸村さんが
「なんだか申し訳ないね」
と、水槽越しの魚を観ながら言うのが可笑しくって笑ってしまった。
お腹も満たされた頃に運ばれてきたデザートは
シェルモチーフのプレートの中にアイスや色とりどりのフルーツが飾られ、まるで人魚のお姫様が持つ宝箱のような美しさだ。
女友達と来ていたのなら携帯で写真を撮りたいところだったがそこはグッと我慢し、美しい物を崩すのに抵抗を感じながらアイスを一口すくい口に運ぶ。
ひんやりと甘くスーッと舌の上で無くなるアイスに儚さを感じつつも思わず顔が綻んでしまった。
「幸せそうだね」
食後のコーヒーを飲みながら社長が目尻を下げて微笑む。
「幸村さんとお付き合いしてからすごく愛して貰えて…
私は本当に幸せ者です」
普段、自分からは滅多に好きとは言わない。
愛されているとは分かっていても
私なんかが幸村さんに好きと言うのはなんだかおこがましく感じてしまうからだ。
勢いに任せて好きと言ってみたが途中で恥ずかしくなり俯いてしまった。
いつ顔を上げるかタイミングが分からず、しばらく俯いていると幸村さんに指先でテーブルをトントンと叩かれた。
顔を上げるとテーブルの上に四角い小さな箱が置かれていた。
思わず、えっ…と困惑していると幸村さんが箱を手に取り、中にはセンターのダイヤモンドが照明の光に当たる度にキラキラと輝く指輪が入っていた。
「もうお付き合いはやめて私の妻として一生側にいてくれませんか?」
状況が読めずにずっと困惑したままでいると幸村さんはさらに言葉を進めた。
「一生を左右する事ですからすぐに答えを出せと言わないけど…、答えはもちろん"Yes"だよね?」
「もし、"NO"と言ったら…?」
震える声で幸村さんに尋ねるとふふっと笑い、こう答えた。
「そうだね…、
"Yes"と言わせるまでかな。初めて出会った時から
君は僕のものなんだから」