第9章 零部・過去
この数日で分かった事。
チヅルは熟睡をしない。恐らく寝ようとはしてる。だが熟睡を恐れてる様に見える。
-バッ-
『っ………』
そして今夜も深い眠りに付く前に起き上がる。乱れる息を静かにゆっくりと整え、落ち着いたら窓から空を見上げる。そして朝が来るのをじっと待つ。
初めて出会った時に気絶した時以外…旅の道中でも眠ったところは見た事が無かった。ただそれは野宿等が多かったから眠れなかったのだろうと思っていたが、どうやら違う様だ。
「チヅル」
『…!ごめ…起こしちゃった?』
いつもの屈託の無い笑顔。だが布団をキツく握り締める小さな拳は僅かに震えている。
『ちょっと夜風に当たってくる』
「おい…」
逃げる様に寝床から静かに出て行く。
※※※
眠りに就こうとすると、あの時の記憶が夢に出て来る。
怖い。痛い。苦しい。いやらしい沢山の目が舐める様にアタシを見る。汚くて穢らわしい手がアタシに触れる。自分がどんどん穢れて行くのが分かった。
『っ』
-ふわ-
『!』
「夜風は冷える。その格好では風邪を引くぞ」
縁側に座っていたら、ふわり、と肩にかけられた外掛。苦無一本分の距離を空けた隣に微かに感じる温もりはアタシを酷く安心させた。
『イタチさん…』
「いつもあまり眠れてない様だな」
『なんだ…知ってたの?』
「医者が身体を壊したら元も子も無いぞ」
『もう慣れてる』
少なくとも三年はこの状況だ。眠ろうとすると、あの忌まわしい記憶が夢にまでなってアタシを戒める。
「顔色が悪い」
『そんな事無い』
「休んだ方がいい」
『大丈夫だって』
「睡眠は必要だ」
『だから………っ!?』
眠れたら苦労しないって強気で言おうとイタチさんの方を向いたら息がかかりそうな程、近くに端正な顔があった。闇夜に浮かぶ月の明かりが映し出す神秘的な赤い双眼に映るアタシは酷い顔をしていた。
『何………アタシに幻術でもかけて眠らせてくれるの?』
「………」
『お生憎様。アタシに幻術や瞳術は効かないよ』
この目はアタシ達、一族の女が自分を守る為に嘘を見抜く目。だから思考が分かるし記憶も見える。ただこの目には覚醒の段階が三つまであると幼き頃に祖母に教わった。