第1章 序章
「……両親は、居ないのか?」
またか、と思った。
ヨコハマの商店街から1本入った路地裏。そこで蹲っていた私は、偶に通りすがりの大人達に声をかけられた。
『どうしてこんな所にいるの?子供1人じゃ危ないよ』と。
分かっています、でも今は待ち合わせ中で。すぐ両親が来る筈なんですと笑顔で返すと、心配そうな顔をしながら去っていく。
表向きは平和な街、ヨコハマ。
しかし裏道に1本入れば、そこには裏組織の抗争の跡が残る。街には『ポートマフィア』なる裏組織が根を張っていた。
ヨコハマの政治家など有力者と繋がりを持つその巨大組織のビルがズラリと建ち並んでいる。
ーーー私の両親は、死んでしまっていた。
人が死ぬ時って、ドラマみたいに子供が泣き叫んで遺骸を抱きしめる…とか、そういうのがテンプレートらしい。
でも、奇妙な事にーー私にはそんな感情が一切湧いてこなかった。
総合病院の院長である父とその看護師長である母は、ポートマフィアと繋がりがあった。
今朝自分の部屋から起きてくると、両親の死体がゴロンゴロンとリビングに寝転がっていた。
……胸を三発打たれ、顎は砕かれている。酷い有様で、思わず目を背けた。
二人とも一張羅のスーツとドレスを来て、いかにもパーティにお呼ばれされた格好だ。
そして、二人が部屋に戻った所に侵入して銃殺ーーといった所だろう。
ここは泣くところなんだろうか……。
特段悪い両親だった訳ではない。ただ、私は元来体が弱い上に一人娘に医者になって欲しいという願望を叶えられる才能を持っていなかった。故に、必要最低限の衣食住しか与えられて来なかった。
その最低限の衣食住を用意するのも大変だとは分かっている。
しかし、幼い頃喘息の発作が起きても迷惑そうに顔を顰めたあの表情から、少女は幼くして悟ったのだ。
この両親に『愛情』とかそういうモノは期待してはいけないーー
なんの感傷も無く、私は家を出る準備を始めた。
身寄りは無い。無いけれど、少なくともここに長居するのだけは避けたかった。
お金も家には沢山残されていたし、暫くは適当にブラブラする事も出来るだろう。で、有り金全部でも使い切ったら…死のうかなあ。
今みたいに路地裏にいれば、マフィアの抗争なんかに巻き込まれるかもしれない。私には、兎角「生きたい」という感情が薄かったのだ。