第2章 12月7日 夜
車は、家からほんの少し、離れた場所に停車した。
「田中先生、あ、ありがとう、ござ、います」
カタコトに日本語を喋り、シートベルトを外し、外に出ようと身体を動かそうとしたら、その腕を先生に、引き止められる。
「待てって。そんな引きつって恐がるな。俺は、お前が嫌がるなら、当分は手を出さねーから安心しろ。何もしねーよ」
顔を少し傾けて、な?って言うけど、契約書、書いたし、恐い恐い恐い!
「市川、俺はお前が作った作品は大胆で、コントラストが光って味があると思ってる。10日まで、と焦らずにじっくりと進めていけば良い」
強い眼差しを向けて、真剣に伝えてくれた田中先生に、胸が熱くなってゆく。
先生に、こんな風に作品を褒められた事が無くて嬉しかった。こみ上げるものを抑え、先生を見つめた。
「……はい。……そうですね。今年最後の作品だし焦らないで頑張ります」
「まあ、作品が終われば、奴隷として、卒業式まで頑張れよ」
「……はい………ーーって、違う! なりませんって!」
どさくさに紛れて危うくOKしそうになっちゃったじゃん、危ない!
ククって先生なんだか、おかしそうに笑ってるけど、完全に遊んでるじゃん。絶対好きだとか言ってるけど、本当はそんなに、好きじゃない感じだし。
"そばに居てくれたら良い"じゃ無くて、奴隷になってくれたら良いとか、普通好きな女の子に言わないよ!
ムゥっと目を怒らせて、不貞腐れていた。
ああ、憎い人。大人ってやっぱ酷い。
先生の好きと、わたしの好きには種類も差がある事に漸く気がつくなんて、あーヤダヤダ。
「田中先……」
ーー先生に文句を言おうとしたのに、最後まで言えなかった。
ガタンと先生がシートベルトを外して、わたしのそばに近寄って、甘いキスをしてくれたから。
田中先生は、大人の香りがしてイケメンで、だけど先生で。
「…………先生……」
「…市川、おやすみ。また明日な。朝、9時から開けてるから学校に来い」
「はい…、さようなら」
そう言えば、笑って手を振って、
車を走らせて、
その場から離れた。
先生の車が見えなくなるまで、
わたしはその様子を眺めていた。