第112章 恋愛で※
「・・・隣、良いか?」
彼は私の目の前へと回り込むと一度断りを入れ、私が首を縦に動かすのを確認してから、腰掛けた。
もうお互い、傘なんて意味が無いほどに濡れている。
それど彼は私に、それを差し続けてくれた。
濡れていく彼の肩は気付いているが、どうせ指摘しても戻してはくれない。
近寄れば傘へ収まるのかもしれないが、彼は私との微妙な距離感を保ったままだった。
「・・・あ!」
暫く座ったまま、会話は無く。
ただ雨音だけが聞こえる中、彼は突然、何かに気づいたように声を上げて。
突然のそれに肩を震わせ隣の彼に目をやれば、やってしまった、というような表情を浮かべる彼の姿が目に入った。
「あ、安室さんって呼ぶべきだったな・・・!」
さっきとは違う慌て方に、涙が僅かに引っ込んだ。
それどころか、小さく笑みが零れるようで。
「・・・大丈夫だよ」
そんな事。
私にとってはそう思う事だが、彼にとってはかなり重大なミスだったのだろうな。
・・・彼は、そういう人だ。
「・・・あ、あのさ。1つ言っておきたいことがあるんだけど・・・」
僅かに雨足が弱まり始めた頃、彼は徐ろに話を切り出して。
うん、と短く相槌を打ちながら彼を見れば、どことなく真剣で覚悟を決めているような表情が見えた。
「俺・・・っ」
傘を握る彼の手は骨張っていて。
見るだけで、どれ程力が込められているか伝わってくるようだった。
真剣な表情を目の前で向けられ、気迫に押されるように身を僅かに引いた瞬間。
「・・・!」
足音で、彼とは違う別の人間の気配を感じ取った。
その方向へと慌てて目を向けると、そこには見知らぬ男が立っていて。
1人・・・、2人ではない。
10人はいるだろうか。
一目で、良い人達ではないと分かる柄の悪さで溢れる男達に、思わず眉間に皺を寄せた。
「おい、ヒロ」
その中でも中央に立ち、他の男達よりも一歩前にいる、明らかにリーダー核の男が彼の名前を呼ぶと、彼は私の前へと腕を伸ばした。