第106章 ゼロへ
「・・・っ」
零が焦れば焦る程、私は意外と冷静になれた。
彼の表情にそれが滲み出れば、どこか安心もした。
「・・・零が選んで」
引き金に指をかけては、彼を脅すように言って。
「私を逃がすか、撃って止めるか」
今までで1番残酷で、1番意地悪な選択。
正直、彼にはどちらを選んでもらっても構わない。
逃げられれば、FBIとの取引の続きを。
撃たれれば、この場で私はこの世を去る。
万が一彼が急所を外して撃ったのなら、私はこの引き金を確実に引く。
私のこの決意がはったりでないことは、きっと零には伝わっているはずだ。
「・・・ひなた」
彼が銃を下ろす様子は無い。
かといって、撃つ様子も無い。
本当は撃てるのだと、威嚇射撃の1つでもして証明したいところだけど。
この体で、感じたことのない銃の反動を受けるのは危険だ。
・・・一通り銃のことを教えてくれた赤井さんも、そう言っていた。
「1つだけ、僕の質問に答えてくれないか」
この緊張感、たった数秒でも苦しい。
スナイパーはこれに何時間も耐えるのか。
・・・体力だけでなく、精神力が不可欠だと言った赤井さんの言葉の意味が、今なら痛い程よく分かる。
「今、ひなたを逃がしたら・・・ひなたはどうするんだ」
・・・分かってるくせに。
やはり彼は、私の口から言わせる。
きっと私に何かあっても、彼は自分の目で見たものしか信じないだろうから。
だからこうする事にした。
「FBIの元に行って・・・どうするんだ」
そこまでは決定事項なのかと思いつつも、当たり前かと自己解決した。
最中、安全装置を握る手に段々と力が入らなくなってきて。
早めに、どうにかしなければ。
「・・・それは」
震える唇で言葉を出そうとした瞬間だった。
私の意識は完全に目の前の零と、手に握る銃のことだけで。
背後からの人の気配に、微塵も気付くことができなかった。