第98章 金輪際
「ど、どした、の・・・」
喋るのも絶え絶え。
それ所か、息をするのもそうで。
抱き締める力が強過ぎて、骨が折られるのではないかと思う程。
「ひなた・・・っ」
やっぱり、様子がおかしい。
この数分間で一体何があったのか。
何が彼をそうさせたのか。
「とりあえず・・・離、して・・・」
これでは本当に死んでしまう。
とにかく今は、何が起こったのか聞かないと。
「・・・すまない」
ゆっくりと彼の腕が解かれると、塞き止められていた空気は体へ一気に流れた。
それに体が耐えられず数回咳き込むと、彼は私の肩を掴んで僅かに慌てた様子を見せて。
「大丈夫か・・・」
「大丈夫。大丈夫だよ」
その彼の腕を掴みながら、安心させるように笑顔を見せた。
それは作ったものではなく、自然と出てしまったもので。
でもその時に写った彼の表情は、何故か酷く驚いた様子だった。
それにこちらも目を丸くしていると、段々と彼の額が私の肩へと近付き、そこへ顔を埋めてしまった。
「れ・・・」
「僕には・・・」
名前を呼ぶ間も無く、彼はその状態のまま言葉を発して。
「僕には・・・笑ってくれるんだな」
・・・そういえば沖矢さんに、それについて言われていたな。
でも、それは。
「当たり前だよ」
笑う、気分だったから。
それ以外、理由は無い。
誰のせいという話ではない。
誰だからという話でもない。
そういう気持ちになれるかどうか、で。
沖矢さんとは単純に、そういう気分になれなかっただけだ。
「悪かった・・・ひなたのおかげで少し頭が冷えた」
それは、良かった・・・で良いのだろうか。
どのタイミングでそうなったのかは分からないが、冷静になれたと考えれば良かったのか、と思う事にして。
「・・・・・・?」
数秒後、肩に埋めていた彼の頭は徐ろに上げられた。
彼の言葉通り、少し落ち着いた様子は見せているものの、そのまま何故か私をジッと見つめて。
この吸い込まれそうな綺麗な瞳に見つめられるのは、慣れるものではないな、と思い知りながら小首を傾げた。