第97章 最終的
「・・・私はいつ戻れるんですか」
「彼も後始末が大変だろうからな」
赤井さんの連絡が終わったのを見計らって声を掛けると、彼はスマホから私に視線を移しながら答えた。
「赤井さんは暇そうなんですね」
「そんな事もない。君の相手で忙しい」
皮肉を言えば、沖矢昴の様な言葉を赤井さんの声で吐かれた。
どちらも、同じ彼ではあるのだけど。
それに何も言い返さず表情だけで気持ちを伝えると、くすくすと笑いながら、飲み終えたティーカップをトレイに乗せて。
「冗談だ。あと二、三日もすれば戻れるだろう。君も、君としての仕事があるからな」
少しは動きやすくなるだろう。
そう言葉を付け足すと、赤井さんはトレイを持ってその場から立ち去ってしまって。
私としての仕事。
赤井さんのその言葉だけが脳内に残る中、その日の時間はゆっくりと流れていった。
ーーー
もうとっくに日付なんて変わっていた。
それでもその日は寝付けなくて。
「まだ起きているんですか」
「・・・ノックぐらいしてください」
まさか、こう何度もこの部屋を使う事になるとは思いもしなかった。
ここに来ると、思い出したくも無いことも思い出してしまう。
それを忘れさせてくれないだろうかと、窓から見える月を眺めていた時、沖矢さんは何の合図も無く部屋に入ってきて。
「ノックで起こしては申し訳ないと思いまして」
いつ誰が尋ねてくるか分からない。
だから彼は私と二人でも、極力沖矢昴で居た。
「・・・?」
その沖矢昴の姿の彼はゆっくりこちらに寄ってくると、隣に並んで窓の外を同じように眺めて。
何か、と横目で尋ねるが、こちらには見向きもしなかった。
「君には、悪いことをした」
そんな中、突然赤井秀一の声で、らしくない言葉が聞こえてきて。
思わず目を丸くしては、顔ごと彼に視線を向けた。
「ど、どうしたんですか・・・急に・・・」
今まで赤井さんに、こんなにもきちんと謝られたことがあっただろうか。
月明かりだけが彼の姿を照らすせいか、その言葉にはやけに重みを感じた。