第85章 覚えて※
もう今更、今の彼が誰なのかなんて気にするだけ無駄なのかもしれないが、それでも気にしてしまうもので。
でも今は彼が、そう呼べと言うなら。
「と・・・る、さん・・・っ」
絞り出すようにその名を呼ぶが、返答は何も無くて。
ただ静かに、彼は埋めていた指でグッと奥を刺激し、私はその快楽に表情を歪ませた。
「っあぁ・・・い、ぁ・・・ッ!!」
表情は確認できないが、彼の顔が近いことだけは分かる。
こちらから確認できないのだから、彼も私の表情がはっきりと確認できていないとは思うけれど。
この距離で快楽に歪む表情を見られていると思うと、そこはかとなく恥ずかしくて。
思わず彼の首へと両腕を回し引き寄せ、キツく抱き締めるようにその力を強めた。
「ンっ、ぁ・・・透さ・・・っ」
本当は、彼の本当の名前を呼びたい。
数少ない人間しか知らない、彼の本当の名前を。
安室透しか知らない女性が呼ぶことのできる、この名前じゃなくて。
「・・・ふ、ぅ・・・ンぅ、ん・・・っ」
その衝動を抑える為に、口を何かで塞いでおきたくて。
彼の肩へと口を押し当てていたが、ふと目に入ったそれに興味と別の衝動が湧いた。
「・・・ッ・・・!」
彼の耳が・・・視界に入ってしまって。
その端を半ば衝動的に口に含んでは、口内でゆっくり舐め上げた。
その瞬間、彼の声にならない声が小さく漏れたのを、私は聞き逃さなかった。
「・・・っ、ひなた・・・ッ」
この上無く艶めかしい声で呼ばれると、感じた事のないゾクゾクとした、押し上げてくるような快楽に心奪われた。
聞いた事のない、彼のどことなく弱く色っぽい声が、私の中の何かを埋めていくようで。
「っ、・・・は・・・」
彼の耳の柔らかい部分を集中的に吸い上げたり、舌を絡ませたりする度、彼の吐息が甘くなっていくのを感じる。
彼が意地悪や焦らしたりする理由を、その時何となく理解できた気がした。