第85章 覚えて※
「っんぅ、ん・・・ン・・・ッ!」
抵抗する力も気持ちも無いまま、ゆっくりと堕ちていって。
彼の唇がゆっくり離れる頃には、ただ横たわる人形のようにぐったりとしていた。
「・・・ひなた」
切なく名前を呼ぶ声が、媚薬のように体中に溶けていって。
彼のいつもと違う雰囲気に、いつの間にか何もかもが飲まれていた。
「ひゃ・・・あっ・・・!」
舌が首筋を這い、指が太腿に添えられて。
ゾクゾクと気持ちが煽られるだけ。
確実に触ってはくれない。
これは意地悪なのか、はたまたお仕置きというものなのか。
・・・お仕置をされるような覚えは無いのだけれど。
そういう考えが出てくるのは条件反射なのだろうか。
「ぃ・・・零・・・っ」
体をくねらせるように太腿が自然と擦れ合っていて。
触ってほしい所はそこじゃないと伝えるように、太腿に添えられている彼の手へと、自身の手を重ねた。
「・・・っ」
その瞬間、彼の声にならない声が聞こえてきて。
喉の奥で言葉に詰まるような声。
でも、それが何を意味するのかまでは、思考が回らなかった。
「・・・零・・・?」
その瞬間、彼の一切の動きがピタリと止まって。
息を吐き出すと共に名前を呼んで確認すると、彼は視線を合わせないまま、私の傍についている手に力を込めた。
やはり、分からない。
彼の行動も、言葉の意味も、感情も。
「・・・・・・」
・・・どこか無理をしているようにも思える。
「・・・れ・・・」
だから一度、彼の言葉を聞く必要があるのではないかと思い、ゆっくり頬へと手を伸ばしかけた瞬間。
その手は素早く彼に捕まれ、ベッドへと勢いよく押し付けられた。
あまり加減されていない力に驚き目を瞑ってしまったものの、すぐ反射的に目を開いては彼の顔へと視線を向けて。
その時やっと、彼が押し殺していた何かと言うのが、少しだけ分かった気がした。