第1章 小狐丸の場合
「ぬし様。ぬし様が精いっぱいやって下さっているのは、私を始め、ここの本丸皆が知っている事です。
確かに戦で傷つくこともありますが、それは我ら刀剣男士の宿命ですから」
小狐丸さんの髪が私の方にはらりと落ち、私は無意識にその毛束を指に取る。
「ぬし様、どうですか?私の毛並み」
「うん・・・綺麗。ふわふわして、触り心地、良いです」
「そう。この毛艶を維持できるのも、ぬし様あってこそ。ぬし様が気付いていないだけで、随分と私達はぬし様に与えられております。だから、そんなにお悩みにならないで。」
「・・・ありがとう。嬉しくてちょっと泣きそう。・・・私、もっとこれからも頑張るから」
「嬉しい限りです、が。今日はもう夜が更けています。お部屋までお送りいたしましょう」
「ありがとう、こぎ・・・っ!?」
言いかけた私にお構いなく、小狐丸さんは私の身体を軽々しく持ち上げた。
「ぬし様はお姫様抱っこは苦手ですか?」
「苦手、というか憧れはありましたが・・・ちょっと恥ずかしい・・・です」
「ぬしさま」
とても小さく小狐丸さんが私を呼んだ。
「ぬしさまは、とても良い香りが致しまする。この子狐はこの香りにいつでも触れていたいと思っております」
艶のある低い声に、思わず胸が高鳴る。
「なぁに、そうは言っても私は狐。送り狼にはなりません。ご安心ください」
やがて私の部屋に着き、そっと身体を降ろされる。
「それではぬし様。ごゆるりとお休みくださいませ。
襖を占めようとした瞬間、その手を小狐丸さんに掴まれる
びっくりして彼を見る。
「ですがこの子狐、もしぬし様が寂しいと仰るならば、寝ずのお話相手や添い寝等、ぬし様のお望み通りにして差し上げます。いつでも私を呼んでください」
野性を思わせる鋭い瞳でそう言って、掴んでいた私の手の甲に一つ唇を柔らかく落とすと、踵を返して廊下へ歩き去ってしまった。
彼なりの慰めで安心を得た代償に、どきどきが収まらずに今夜は眠れない・・・かもしれない。