第1章 小狐丸の場合
「ぬし様、こんな遅くまでお仕事ですか」
通りかかった縁側には小狐丸さんが座り、夜空を眺めていた。
「ちょうど今日のやる事は何とか終えられました。小狐丸さん、こんな所で何をしていたんですか?」
「い、いえ私はただ夜空を眺めていただけで・・・」
この本丸で、夜空を眺める場所なんていくつもあるのに。
「小狐丸さん、狙いは判ってますよ?」
「ぬし様には隠し事はできませんね・・・」
そう言って彼は懐からつげの櫛を取り出した。
「やっぱり。良いですよ。梳いてあげます、髪」
すると、小狐丸さんは切れ長の涼し気な瞳を一転、子供の様な表情を湛える。
「ぬし様はお優しい。お忙しいのに、この子狐にこうして情けを掛けて下さる」
櫛を受け取り、小狐丸さんの後ろに回り、髪を梳いてゆく。
彼は毛並みに人の倍は気を遣っている所為か、絡まる事無くするすると櫛が降りて行く。
ただ、今日の戦で少し痛んだのか、所々不自然に髪が途切れていたり、いつもよりは艶が無いようにも感じられる。先程手入れが終わったばかりで霊力が定まっていないのだろうか。
重傷、とまではいかなかったものの、判断ミスで結果的に彼に怪我をさせてしまったのは他でもない、私の責任だ。
粗方髪を梳いていくと、だんだんと毛艶が戻り始めて、私は少し安心した。
「あぁ・・・やはりぬし様にこうしてもらうのは、心地が良い」
「今日は小狐丸さん、沢山活躍してくれましたよね。ありがとうございます」
そう言って櫛を返そうと身体を伸ばすと、ふと小狐丸さんの指先が私の足元に触れた。