第16章 愛しい体温
手術室に行くために、リクライニングされたベッドに座ったみさきが部屋から出てきた。
細い腕に差し込まれた点滴用の針でさえ、すでに痛々しく感じる。
自分のときは何とも思わねぇことなのに、みさきのことになると途端に苦しくなる。
いつもサラサラの髪は手術用の帽子にしまい込まれて、病院に来るときはしてた俺の贈ったピアスは当然外されてた。
手術室前まで全員で付き添って看護師がベッドを止めた。
『これで入りますがよろしいですか?』
その言葉に、母親がみさきのでこにキスをして次に父親、ばあちゃん、火神と続いた。
「みさき…」
名前を呼んで座ったままのみさきを強く抱きしめると、針のない方の腕を俺に回してくれた。
「…名前…呼んでくんね?」
みさきが俺を呼ぶ声を聞いておきたかった。
みさきの声で名前を呼ばれる感覚を覚えておきたかった。
「…だいき」
少し間を置いて、すげぇ小せぇ声だったけど確かに呼んでくれた。
「大好きだよ。……だいき」
だめだ…
マジで泣きそうになる
「…みさき…愛してる」
深く息を吸い込んで、どうにもならねぇほど込み上げてくるものを押し込んで、強く抱きしめて、みさきにしか感じられねぇ感情を吐き出した。
みさきの体を離すと目に涙を溜めて、俺を見つめて笑ってくれた。
「ちゃんと戻ってくるからね」
何度も瞬きするみさきの目から涙が零れ落ちて、俺もこれ以上我慢すんのは無理だった。
「…あぁ」
やっとそれだけ言葉を発すると、看護師がオペ室のボタンを押して扉が開いた。
看護師に押されてみさきが手術室に入っていく。
中の医者全員が俺たちの方を見てて緑間と目が合った。
頼むから死なせないでくれ………
言葉はなかった。
けど、あいつの目が俺の言いたいことをわかって、返事をくれたような気がした。
扉が閉まり始めて、みさきが少し笑って俺たちに手を振ってくれたけど、涙でぼやけてきちんとみさきの顔が見えなかった。
こんなに涙を我慢できねぇことがあるなんて思わなかった。
さっきまで触れてたみさきの体温は、この世界中の何よりも愛しかった