第3章 [ろ] ローテンポだって悪くない
「ごめんね、黒尾くん。部活中に」
「いや、ちょうど終わったとこだし。つーか、俺こそごめん。わざわざ来てもらって」
体育館の外で、落ちかけの夕陽をバックにした皆川が一枚のプリントを差し出す。内容は、補習の日程表。
春高出場を目指すことに決めたとは言え、俺は同時に受験生でもある。
受験対策のため課外で行われるそれに、部活の合間を縫って出席しなくてはならない。
その日程が急遽変更になり、同じクラスの皆川がわざわざプリントを持ってきてくれたというわけだ。
「連絡先知ってればLINEで送れたんだけど」
「あー…、だよな」
「あ、もしかして片付けの途中?じゃあ、私帰るね。また明日」
「おう。サンキューな。気を付けて帰れよ」
小さく手を振り去っていく皆川を見送っていれば、背中に鋭い視線が突き刺さっているのがわかる。
「……」
「……」
「夜久サーン…?何か用?」
「……ハァ」
「ため息って!何か言えよ!」
「ヘタレ。グズ」
「ははは…。ねぇ、暴言って言葉、知ってる…?」
「"連絡先知ってれば" って言われたら、"交換しよ" ってなるだろ、普通」
「夜久の場合な」
「何が "気を付けて帰れよ" だ。駅まで送るとこだろ、普通」
「だから夜久の場合な!?誰もがお前みたいに男気発揮できると思うなよ!?ちょっとリベロだからって!」
「リベロ関係ねぇだろ」
「リベロに選ばれる奴は男前だけなの!」
思わずその場に座り込む。
「やっぱ今のって、チャンスだった…よなぁ?」
「当然だ。黒尾さぁ、他の女子にはいつも愛想振り撒いてんじゃん?茉莉にも同じようにしたらいいのに」
「意識しちゃって無理なの!悪いか!?」
「開き直るな!しかも体育座りでモジモジしやがって。気持ちわりぃ!」
「酷!しかもお前!何気に皆川を名前で呼ぶの、ズルイと思いまーす!」
「ズルイもクソもないだろ。呼びたきゃ勝手に呼べば?」
だーかーらー。
ソレができれば苦労はしねぇっての…。
笑いたきゃ笑えばいい。
こう見えて俺、好きな子にはほんのすこーし奥手な純情ボーイなんです。