第2章 〖誕生記念〗揺れる桔梗と初染秋桜《前編》/ 明智光秀
『今日城下から少し離れた湖で、人身売買の取引が行われます。売られるのは、城で針子をする、髪の長い生娘。取り交わされた密書を手に入れましたが、美依姫様を売る取引と見て間違いないと思われます』
────美依はあの時、愛らしく笑って言った
『私、男の人と付き合うの初めてなんです』
優しくしてくれて、大切にしてもらって。
本当に嬉しかったと……
恥ずかしそうに微笑みながら、話していた美依。
その幸せそうな美依の様子を見て……
俺はもやもやとしたドス黒い感情に駆られながらも、美依を応援してやろうと決めた。
美依があんな風に幸せそうに笑うなら……
その恋路を応援してやりたかった。
(だが──……今は違う)
美依の純な気持ちを踏みにじった、静馬。
俺はそれを許すわけにはいかない。
美依の心を弄び、しかも誰かに売りつけるだと?
美依は、ただ純粋に静馬が好きだっただけなのに。
────絶対に、許さない
待っていろ、美依。
俺が必ず助けてやる、この手で。
お前を、俺が必ず。
(────お前を守るのは、この俺だ)
茜に染まった空が、次第に紫紺を帯び始め。
たなびく雲が金色になって、空に筋を引いた。
その空に、星が瞬く前に──……
俺が必ず、お前を連れ戻す。
お前の心を、守るために。
お前を丸ごと、この手で守ってやるから。
────だから、俺を信じろ、美依
いつしか激情は姿を変え、
説明出来ない感情の名前に行き着く。
それに気がついたのは、
二人を追って、馬を走らせ始めた時だった。
ああ、馬鹿みたいだな。
そんな風に思っても、自覚してしまえば容易い事。
それを伝えるまで、どうか無事でいてくれ。
初めて染まる、秋桜のように
淡く芽吹いた感情は、加速していく
秋空に舞う、想いの花びらよ
願わくば、愛しい女に降り積もれと
儚い祈りを捧げながら──……
揺れる桔梗と初染秋桜《前編》終
揺れる桔梗と初染秋桜《後編》に続く──……