第16章 ワールドトリガー 風間さん
「なぜ渡さなかった。
怖気づいたか?」
風間さんが言う。
「…………はい」
わたしは答えた。
「バカだな」
少し優しい口調で言った風間さんから、溜め息が聞こえた。
「……はい」
「おまえが1番渡したかったヤツはあれだろ。ちがうのか?」
風間さんは、優しげな表情でわたしを、まっすぐに見る。
「……そ、のとおりです」
言葉と、ともに頷く。
いちばん
渡したかったものは、
義理チョコではない。
本命チョコだった。
材料を買ったり、レシピ本を買って、準備した。
今朝、早起きして、慣れない手つきでビスケット作りを始めた。
レシピ本を何回も確認した。
だけど、形が変だ。
焼けばなんとかなる。
そう思ってオーブンへ入れた。
焼けてるかなあ、と、
オーブンを何回も見た。
大好きな人が食べてくれる
想像をした。
好きなひとが、
チョコレートを、
受け取ってくれることを
願った。
「おいしい」って言ってくれたら、それだけで有頂天だと思った。
わたしは、短い言葉だけど、
手紙も書いた。
想いを伝える
唯一のチャンスだって
思った。
今年こそは、
渡そうと決めた。
それなのに、
最後の最後で、土壇場で怖気づく。
恐くなってしまった。
足が動かず、恐くなって、気づけば踵を返す。
風間隊の作戦室から、どんどん遠ざかった。
あと一歩、あと一歩。
勇気が足りなかった。
作戦室まで、もう目と鼻の先だったのに、
わたしは、ノックができなかった。
風間さんに、チョコレートを
渡す女性の中の1人になれなかったのだ。
「花奏の後ろ姿は見えていたからな。 いつ渡してくるのかと思っていたんだ」
「あ、れ、
気づいてたんですか……」
「隠れてるつもりだったか?」
「すみません……」
風間さんは、ゴディ●や、高級なチョコレートをたくさん貰っていた。手作りもお店顔負けの物ばかりで、わたしのチョコレートは、あまりに貧相に見えた。
だから、わたしは自信がなくなった。こんなちゃっちいチョコを貰っても嬉しくない。そう思うと、足がすくんで、渡せなかった。
だから、
わたしは、
ひとりで家に帰り、
食べようと思っていた。