第2章 おとな
「でも…お兄さんは結局私を相手にしてくれなかった。それどころか、叱られちゃった。そういうことをするんじゃないって。当然だよね。当たり前だよ。私が馬鹿だった。私がいけなかった。本当に馬鹿だったの」
有ちゃんの声は、つらそうに震えていた。
「ヨシくんに悪いことしちゃった。私すぐ後悔したの。それに、すごく怖かった。ヨシくんがこのことを誰かにバラすんじゃないかって。そのうちあの日のことが噂になってみんなに知られるんじゃないかって、ずっと怯えてた。でも…小学校を卒業しても中学に入っても、そんな噂はどこからも流れてこなかった」
そこまで言って、有ちゃんは持っていたビールをグイと飲み干した。
そうしてボクの目を、まっすぐに見つめた。
ボクも彼女へ向き直り、右手の中のビールグラスを、割れるんじゃないかってくらい握りしめた。
「ヨシくん。ヨシくんは誰にも言わないでいてくれたんだね」
「当たり前だよ。誰にも言ってない。まあ、ボクはボクで、人に言えないことをやってたしね。それに…」
あの日のことは、ボクの大切な大切な思い出だから。
それを告げると、有ちゃんは感極まったように涙ぐんだ。
「私、あの時ヨシくんを好きになっていればよかった」
掠れるような小さな声。
有ちゃん、ボクたち、子どもだったね。
ボクは少しビールくさいハンカチを、黙って彼女に差し出したのだった。