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三千世界

第1章 遊郭での戯れ言


部屋に漂う気だるい空気に紫煙が混じる。
私は重い腰を上げ、乱れた髪を直しながら、窓を開けた。
「煙てぇか」
問う声に首を振り、その横に座り直す。
「熱くて」
そう言うと、紫煙を吐く唇の端が持ち上がった。
開けた窓からは、細く月の明かりが入り込み、乱れた朱色の布団を照らす。
ここは吉原遊郭。
男が女の体と、嘘を金で買う場所だ。
「お前様だけ」
そんな口先だけの愛を、もう何人に吐いただろう。
ただ…今、隣にいる男には…。
「何考えてやがる」
煙管を持っていたはずの右手は、気づいたら私の頬を撫でている。
「俺といる時に、他の男の事なんぞ考えるんじゃねぇ」
「いえ…違います。あなたの事を、高杉様の事を考えていたでありんす」
「あ?何で隣にいる時に考える必要がある」
頬を撫でる手は、ゆっくりと下に降り、首筋から着物の襟元へと伝う。
「今は、この時だけは、私は高杉様のモノで、高杉様も私のモノ。けれど朝になれば…それも終わりに…っ」
私の言葉は、煙草の味かする熱い舌に遮られた。
「んっ…ふっ」
「…つまんねぇ事を言うんじゃねぇ」
手は既に、私の胸の頂をつまんでいる。
動く手に耐えきれず、私はその肩にしがみつき、切ない息を吐く。
「…あぁ…」
「売れっ子遊女がザマねぇな」
力の入らない体は、再び布団に押し倒される。
着物の裾がはだけ、太ももに熱い手が這う。
今度は、徐々に上へ。
「あ、んっ…」
「お前が望むなら、朝なんて来ねぇようにしてやらぁ。それなら、お前はずっと俺のモノで、俺もお前のモノだ」
涙の滲む眼で見ると、その右眼は驚くほどに真剣だった。
ー吉原遊郭の夜は長いー


解説

「三千世界の鴉(ウ)を殺しヌシと朝寝がしてみたい」
『遊女が客に誓いをたてる起請文(浮気しませんという文)は熊野の神様に鴉(カラス)が届ける。その誓いが破られる度に3羽の鴉が死ぬと言う。しかしそんな事知らない。この世のすべての鴉が死のうと、それでどんな罰を受けようと関係ない。俺はこの遊女とゆっくり朝寝がしたい/高杉晋作』
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