第1章 寂しい夜
嫌がらせのように音を鳴らす秒針を見つめ、私はため息を吐いた。
寝返りを打ち続けたせいで、髪の毛がひどく乱れている。
…今夜も来ないのだろう。
期待してはならない事くらい、わかってはいる。だけど…。
別れ際にいつも言うのだ。
「またな」
と、その一言が私を縛る。
いっそ、もう来ないと言われた方がどんなにか楽だろう。もちろん悲しみはするが、ため息と寝返りを繰り返しながら朝を待つ事はなくなるだろう。
むりやり閉じたまぶたから、涙が溢れた時。
…トン、トン。
戸を叩く音がした。
慌てて半身を起こす。
空耳だろうか。いや、今のは。
…トン、トン。
再び聞こえた時、私は既に戸を開けていた。
「よぉ」
そう言い、まるで昨日も来たかのように部屋に入る晋助に、私は何も言えずに立ち尽くす。
「どうした?」
どうしたじゃない…。言いたい事は山ほどあるのに、喉につかえて何も出て来ない。
「何突っ立ってんだ。てめぇは案山子か」
薄笑いを浮かべながら、私を抱きしめる。
その匂いに、熱に、喉につかえていたものは、たちまち溶けて消えていく。
まぶたに、舌が触れた。
「泣いてたのか?」
「…だって」
「分かってらぁ、悪かったな」
ゆっくり抱きかかえられ、そのまま布団に落とされる。
着物が脱がされ、肌が触れ合う。
違う、分かってなんかいない。ちっとも分かっていない。
私がどんな思いで待っているか、そして今、どんなに嬉しいか。
どう言ったら伝わるのだろう。いや、考えるのは止めよう。
今はただ、この熱に身を任せ、朝を迎えるのだ。
私は顔を上げ、包帯の巻かれた左眼に唇をそっとあてた。
「…おい、今のはけっこう煽るなぁ」
晋助はそう言い、私の首筋に舌を這わせる。
「煽られたら、応えなきゃあるめぇな」
今夜は、朝までの時間を短く思うのだろう。
まったく、我ながら単純だ。
私は晋助に気づかれないように、小さくため息を吐いた。
解説
「嘆きつつ独り寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る」
『あなたが来るのを待ちわびて、ため息をつきながら独りで寝る夜が明けるまでがどんなに長いか、あなたはご存知ないでしょう/藤原道綱母/百人一首』