第2章 マリー様 七種茨
わかってたよ。
君の告白が嘘じゃないことくらい、わかってたよ。
茨くんの嘘は全部わかるの。
『いったいいつまでここにいるつもりなんだ?』
あの時だってそうだった。茨くんが民間軍事会社から出ていくときのこと。
『来いよ、俺と一緒に』
君は手を差しのべてくれた。
暖かなその手をとれば、きっと幸せな未来が待っている。ここで泥にまみれた青春を送るより絶対に良い。
でも
『ごめん』
無理、無理なんだよ
『行けないよ』
その手はとれなかった。
勇気が出ないわけじゃない。行こうと思えば行けたんだ。民間軍事会社だって離れようと思えば離れられた。
私は一度茨くんを拒絶した。それなのに、今更受け止められるわけない。
彼の手を振りほどいたすぐ後に私は今の家族に引き取られた。ごく普通の一般家庭で、軍人には縁もないような幸せな場所。
この家族の手と、茨くんの手には何の違いもない。どちらも私を受け入れてくれる優しい手だ。
『そうか』
『そうですか』
ごめん、ごめん茨くん。
『俺と来てはくれないんだな』
『やっぱり、俺を拒絶するんですね』
違う。違う違う。
ごめんなさい。私は。
『…………それでも、好きです』
そんなことを言ってもらう資格はない。
私は、ずっと施設で暮らしてきた。親がやむを得ない理由で私を育てられなくなったからだと大人たちは言う。
民間軍事会社で何人もの人間を見てきた。ここから出ていく子供たちだって何人もいた。
茨くんだけだった。一緒に行こうと言ってくれたのは。
『行けないよ』
でも私は断った。
何もかもが恐ろしかった。
ずっとそこで育ってきた私には、あの世界が全てだったから。