第7章 【おまけ】城代家老・水崎一之進の憂鬱
城代家老・水崎一之進は、自宅へ戻ると、まず三人の娘たちの部屋へ顔を出した。
明朝、竜昌がこの秋津を去ると聞いて、泣いてすがった娘たちだが、泣き疲れてようやく眠ったようだった。
菊を人質に出すときも、竜昌との別れのときも、愛しい娘たちを泣かせてばかりだな、と一之進の胸はキリキリと痛んだ。
戦国の世において、長い間 大国の勢力争いに翻弄されてきた秋津国が、せめて徳川様のもとで多少なりとも安泰になることを願わずにはいられなかった。
娘たちが目を覚まさぬようにそっと障子を閉じると、一之進は自室へと戻った。そこには菊が一之進の帰りを待っていた。
「一之進様、お帰りなさいませ」
「今帰った」
一之進の着替えを手伝いながら、菊が問う。
「首尾の方はいかがでしたか?」
「うん。徳川様も御家来衆も、出立のご準備はぬかりなく整った。そなたも接待ご苦労であったな」
「いえ、私のことはさておき」
一之進の着替えを手伝いながらも、ピリっと緊迫した菊の声に、一之進は慄いたように菊を振りかえった。
菊はそのつぶらな瞳を半目にして、じっと一之進を見つめている。一之進にとっては六つ年下の嫁だが、さすがは元城主の娘、気の強さは折り紙つきだった。
「いや、その、策どおりに、竜昌を駿河に同行させることには、成功したぞ?」
「それだけ…?」
「え、それだけって…ええ?」
予定では明日、家康を見送ったあと、竜昌は家康と別れて安土に帰るはずだった。
それを何とか理由をつけて、家康と、家康に惚れている竜昌が、少しでも長い時間いられるようにしろ、と一之進に進言したのは、他でもない菊だった。
そこで一之進は知恵をしぼり、自分の遠縁にあたる家康の生母にかこつけて、竜昌を駿河行きに同行させようと目論んだのだ。
その策には成功したものの、菊はその結果にはまだ不満があるようだった。
「一之進様は!それでもこの秋津国の筆頭家老でいらっしゃいますか!!」
掴みかからんばかりの菊の勢いに、一之進もたじたじとなった。