第17章 【信玄編・後編】※R18※
信玄の兵たちは、街道の出口を塞ぐように陣形を構えた。騎馬隊を中心とした竜昌の軍の勢いを止め、挟み込んで迎え撃つためである。
左舷に高城兵、右舷に幸村と武田兵。信玄はその中央に陣取った。
信玄は大きく息を吸うと、天を仰ぎながらゆっくりと息を吐いた。
初夏の澄んだ青空に鳶がゆったりと舞い、切なげな鳴き声が遠くまで響き渡った。
─── ◇ ─── ◇ ───
その頃、竜昌の隊にも、前方に展開する信玄の情報がもたらされていた。
「旗印は!?」
「武田菱…六文銭…そして右二つ巴(高城領主の紋)」
「ははっ!このような僻地に、なんとも豪華な顔ぶれじゃあないか」
竜昌はふふんと鼻を鳴らして笑った。
普段ならこういう笑い方はしない。もしかしたら動揺を隠しているのかもしれない、と側にひかえていた兵吾(ひょうご)は考えた。
「兵吾、頼まれてくれるか」
「ははっ、喜んで」
そう言って軽く目を伏せると、五尺に満たない小さな体躯の男は、たっと駆け出していった。
兵吾は、竜昌が秋津から連れてきた家臣のうちの一人である。その体型と俊敏さを生かし、偵察を得意とする、今でいう忍のような役割を一部担っている者だった。
そして兵吾にはもう一つの特技があった。
しばらくの行軍の後、竜昌は立ち止まるよう全員に命じた。
人馬の足音が消え、辺りが静まり返る。
周りをとりかこむ林からは、鳥のさえずりや、風が枝葉を揺らす音が聞こえてくる。
ふと上空から、ピーヒョロロロォ…という鳶の鳴き声が聞こえてきた。
それに応えるように、林の向こうからも、ピーヒョロロォという鳴き声が聞こえてきた。
「しっ」
竜昌は目を閉じ、耳を澄ませた。
お互いを求めるように、切なく鳶の鳴き声が呼びかけ合う。
やがて竜昌は、目を見開いた。
「鶴翼の陣、百二十騎、騎馬三十」
「…?」
ぶつぶつと呟く竜昌に、織田の家臣たちは首を傾げた。
兵吾は鳶の鳴き声を真似した口笛で、偵察の情報を本体にもたらすのが得意だった。
この口笛の術を知らないものにとっては、ただの鳶の鳴き声にきこえるだろう。