第16章 【信玄編・中編】
しかし竜昌は、その竹筒を受け取るのを躊躇った。
水を飲めば、もう枯れたはずの涙がまた溢れだすかもしれない、と。
秀吉は無理強いしようとはせず、静かな声で竜昌に語りかけた。
「光秀からだいたいのことは聞いたよ」
「・・・」
「俺も正直驚いた。まさかあの武田がこの城下にいて、しかも・・・お前と恋仲だったとはな」
「ちがっ・・・」
竜昌はかぶりを振った。もう涙さえ出ない目の縁が、熱くひりひりと傷む。
「織田と武田の因縁を知る者からすれば、お前が内通者だと疑われるのも無理ないよな。でも・・・」
秀吉はその大きな手のひらを広げ、竜昌の頭にぽんと置いた。
「俺は今日この目でお前を見て、そんなはずはないと確信した」
「秀吉・・・様・・・」
「・・・こっちへおいで」
秀吉は、竜昌の目の前で正座すると、両手を竜昌の脇に差し込んで持ち上げた。
からからに干からびたように軽い竜昌を、自らの膝の上に座らせると、その広い胸にぎゅっと抱きこんだ。
「可哀相に・・・こんなになるまで・・・」
「・・・うっぐっ・・・」
「本当に、好きだったんだな」
「ひっひでっ・・・」
「忘れろなんて、言えないよな」
もう枯れたはずの涙がじわりと沸いてきて、竜昌のひび割れた頬に痛みとともに染みこんでいった。
いったん堰が切れると、涙はあとからあとから止まることを知らぬように沸いて出た。
竜昌は秀吉の胸にすがりつき、子供のようにわあわあと声を上げて泣いた。
秀吉はその太い腕で、まるで雛鳥を抱くように柔らかく竜昌を抱きしめ、時折その背中をぽんぽんと手のひらで叩いてやった。
「光秀を許してやってくれ。先にお前に警告することもできたはずだ。しかし信玄を捕らえるために────まあ、悪く言えば、お前を泳がせた」
竜昌は、秀吉の胸に額をこすりつけるように、首を振った。
「すべて、わ、たしの、未熟が招・・・」
「みんなそんな風に思っちゃいない。むしろこの話を聞いたとき、お前を愚弄した武田の息の根を、全軍挙げて止めてやるっ!!て息巻いた家康と正宗をなだめるのに苦労したよ」
「・・・!」