第15章 【信玄編・前編】
「明日の稽古のことだが────」
ずかずかと無遠慮に部屋に入ってきたのは、政宗だった。
「ヒッ!」
息を呑んで振り返る竜昌の髪に、藤の花かんざしがしゃらりと揺れる。
「お?お前もついに色気づいてきたか。なかなか似合うじゃねえか。お前 結構いい趣味し…うっうわああああああああああああ!」
静かな夜の安土城に、政宗の悲鳴が響き渡った。
やがてしばらくすると、ドタドタと廊下を蹴って、秀吉が慌てた様子でやってきた。
「おい竜昌、いまの悲鳴はなんだ。確かこっちのほうから…お?なんで政宗が庭で寝てるんだ?」
秀吉が、部屋の入り口に立ち尽くしている竜昌を振り返る。やはり目につくのは花かんざし。
秀吉の視線が花かんざしに止まった。
「やあ珍しいな竜昌、そんな可愛いかんざッ…どわああああああああ」
次の瞬間、秀吉の視界には安土の夜空が映っていた。
翌朝─────
広間で皆と一緒に朝餉を食べにきた舞は、政宗と秀吉が傷だらけなのに気が付いた。
「オハヨー。あれ?どうしたの政宗、秀吉。喧嘩でもした?」
二人は目を合わせもせずに、朝餉を黙々と食べながら、無機質な声でつぶやいた。
「イエ ナンデモ アリマセン」
「ワタシハ ナニモ ミテイマセン」
「ふーん?」
変なの?と思いながら、舞はいつもの席についた。
隣の席の竜昌も、何事もなかったように、静かに朝餉を食べている。
「オハヨ、りんちゃん。そうだ、頼まれてた晴れ着の裾出し、出来上がったよ!」
「わあ!舞様ありがとうございます!」
「お母様の形見なんだよね。大事にしてもらって着物も喜んでると思うよ!あとで丈の確認するから、私の部屋に来てくれる?」
「はいっ!!」
「こんどの夜祭り、楽しみだねー!」
「ねー!フフフ」
二人が微笑み合う横で、秀吉と政宗が、目を合わせて苦笑いをした。
【信玄編・前編】(完)
後編へつづく