第12章 【秀吉・後編】※R18
春雷の背の上で、竜昌は自分の前髪をくしゃりとかき上げた。
─── ◇ ─── ◇ ───
その日の夜────
「竜昌…」
つたない行燈の灯のもとで、夜半まで秀吉の仕事をこなしていた竜昌のもとに来客があった。
「光秀様…?」
声の主は、音もなく障子を開けると、するりと竜昌の自室に入ってきた。
「まだ起きていたのか」
「光秀様こそ…いかがなさいました?」
光秀は文机のまわりに山と積まれた文書のそばに腰をおろした。
「なあに、たまには俺も仏心を出して、手伝ってやろうと思ってな」
手近な文書を拾い、ぱらぱらとめくる光秀を見て、竜昌はクスリと笑った。
「そんなこと言って…知ってますよ?光秀さまがこっそり秀吉様の肩代わりをなされていることを」
動けない秀吉に代わり、普段はしないような表の仕事を、それとは知れぬように光秀は引き受けていた。
「俺は秀吉の手助けなんぞをした覚えはないぞ?お前の手伝いならいくらでもしてやるがな」
「フフッ」
竜昌は、やつれた頬に少しだけ笑みを浮かべた。
「光秀様は、本当に秀吉様と仲がよろしいのですね」
「冗談はよせ。あんな奴と」
「羨ましいな…」
そうぽつりと呟いて切なげに笑った竜昌の目尻に、行灯の光が薄く滲んだ。
光秀がふと真顔になり目を逸らす。すると文机の上にあった一振りの懐剣に目がとまった。
出立前に、秀吉が竜昌に託した懐剣だった。
「これは…」
光秀の視線に気づいた竜昌は、ハッと息を呑んで、懐剣に手を伸ばした。
「も、申し訳ございません!これは秀吉様に直接お返ししようと…」
竜昌より一瞬早く、懐剣を手に取ると、光秀はいつものような笑みに戻り、行燈の灯にその懐剣をかざした。