第11章 【秀吉・前編】
「お前たち、今日も剣術の稽古か、精が出るな」
安土城の天主から本丸御殿に続く渡り廊下の上で、にこやかに笑みを浮かべながら、秀吉が足を止めた。
中庭では、竜昌と政宗が木刀を構えてにらみ合っている。
「お前も来るか、秀吉」
片目でちらりと秀吉を振りかえった政宗が、にやりと笑う。
「いや、そうしたいのは山々だが、生憎とたてこんでてな」
苦笑する秀吉の両手には、書簡が山と積まれている。信長の片腕として、安土をはじめとする広大な領土のあれこれを仕切っているので、秀吉はいつも忙しそうにしていた。
「秀吉様、何かお手伝いいたしましょうか」
竜昌が問うと、秀吉は優しく笑った。
「ありがとな、でも大丈夫。こいつは俺一人で十分だ」
「そうだぞ竜昌、お前の仕事は剣の腕を上げて、次の戦に備えることだ」
「はーい…」
悪戯っぽく笑う政宗にそう言われ、しぶしぶと木刀を握りなおす竜昌。
そのとき、パタパタと渡り廊下を駆ける軽やかな足音が聞こえてきた。
「あ、秀吉。丁度よかった~」
その足音と明るい声の主は、舞だった。その手には大きな衣装盆を捧げ持っている。
「信長様に頼まれていた羽織ができたんだけど、ちょっと見てくれない?」
「えー?信長様の前に俺が見ていいのか?」
「お願い!いきなりはちょっと怖くて…」
「わかったわかった」
秀吉は、衣装盆の上に丁寧に折りたたまれていた羽織をそっと手にとって広げた。
「おお、これはいい色じゃないか。縫い目も細かく整ってる。きっと信長様にお似合いだ」
「えへへ…」
「思ったより早かったな、だいぶ無理したんじゃないのか?」
「ちょ、ちょっとだけね!信長様が着ている姿を早く見たくて…」