第9章 【三成編】
いつの間にか日が翳り、柱にもたれかかって眠ってしまっていた竜昌は、安土城天主が落とす日影に入ってしまっていた。
快晴とはいえ、からりと乾いた秋空の下では、日陰になると肌寒い。
『貴女を部屋まで連れていって差し上げたいのですが…書物から目を離すわけにもいかないし…しかしこのままでは貴女が風邪を…』
柱にもたれたまま、こくりこくりと舟を漕ぐ竜昌と、自分の周りに散らばった書物を交互に見つめ、三成は困ったというように首をかしげた。
「…!」
やがて何かを閃いたのか、三成は縁側の書物を何冊か退けると、竜昌のとなりに胡坐をかいて座った。
そして竜昌の脇に両手を差し込み、その身体を引っぱりあげるようにして、自分の胡坐の上に座らせた。
幸いなことに、竜昌はそれでもまだ目覚めなかった。それまで柱にもたれかけさせていた頭を、三成の肩に乗せると、再びすうすうと平和な寝息を立て始めた。
三成はそんな竜昌の寝顔を愛おしげに見つめながら、後ろ手で自分の羽織を脱ぎ、冷えていた竜昌の手足が隠れるようにそっと掛けてやった。
『やれやれ、困りましたねえ…』
トク、トク、と、いつもよりやや早く打つ、三成の心臓の音。徐々に高まってきた体温は、やがて 眠る竜昌の体温と溶け合っていった。
『貴女を女扱いしてないと思われていたとは心外でした。これは作戦を考えなければなりません。さもなければ他の武将の方々に先を越されてしまいそうです』
しかし、軍略となれば湯水のように案が湧いてくるのに、こと竜昌とのこととなると、とっかかりすら掴めない三成は、途方に暮れた。
『私もまだまだ勉強不足ということですかね…』
三成は大きく息を吸うと、そのまま溜息をついた。竜昌の髪からは、日向のいい匂いかする。
『でも…今だけは…』
三成は片手で竜昌の肩を優しく引き寄せると、目を覚まさぬように、その頭頂部にそっと口づけた。
そして、竜昌を抱きかかえるように両腕をまわすと、その手にもった書物に再び目を落とした。
やがて安土の空に一番星が灯り、家臣が二人を夕餉に呼びに来るまで、三成はずっと竜昌を抱き締めたまま、縁側で書物を読んでいた。
その沢山の書物の中にも、女人の攻略方法はついぞ書かれていなかったという。
─── 三成編・完 ───