第9章 【三成編】
「ふぅー…」
ばたり、と竜昌は日当たりのいい縁側に倒れこみ、大の字に寝転がった。
すぐ側では三成が静かに本を読んでいる。
ここは安土城の御文庫前。中庭に面した縁側には、三成を中心に書物や巻物がうずたかく積まれ、さながら三成の「巣」のようになっていた。
「ねえねえ三成、何してるの?」
そう問いかける竜昌に、三成は書物から顔もあげずに虚ろに応えた。
「…書を読んでいます」
「そんなの見てればわかるよ…」
縁側をごろごろと転がりながら、竜昌は不満げに唸った。
「天気が良いので、虫干しのために古い書物を出してきたのですが…むむ、これは…」
竜昌への返事もそこそこに、再び書物に没頭しはじめる三成。
竜昌は寝転がりながら、三成の横顔を見つめた。細い顎、抜けるように白い肌、長い睫毛。菫色の瞳は、書物の文字を追いながら、午後の日差しを反射してキラキラと輝いている。
およそ武将とは思えないその容姿だが、ここ安土では一目置かれる名軍師だ。
しかしてその内面は、書物や兵法のことしか頭にない、不調法者としても有名だった。
それが功を奏してか、秋津から安土にやってきたいわば「外様」の竜昌が、気取らずに呼び捨てできる唯一の武将でもあった。
「…疲れちゃったな…」
書物に気取られている三成とは、会話が成立しないことを知りつつも、誰に言うともなく竜昌はつぶやいた。
天を見上げると、中庭のぽっかりと切り取られた青空の一角には、安土城の天主がそびえたっている。
美しく荘厳な城だが、まだ安土にきて数か月の竜昌の眼には、いまだよそよそしく映った。
「どうしたんですか?竜昌。貴女らしくもない」
三成がちゃんと聞いていないのは百も承知だが、竜昌は続けた。
「あ、なんていうか、疲れたというか、その、安土のみんなが私のことを女扱いしてくるから、どうも調子狂うというか…」
「ふむ」
三成は手にしていた書物からは目を離さずに、首を小さく傾げながら、ふわふわとした調子で竜昌に相槌を打った。