第1章 1
「あ、そうだ。揺、うちに寄っていってよ」
高校の帰り、ツレと遊んでたらタカ兄と鉢合わせた。
ツレはタカ兄と会ったことないメンバーだったし、テキトーに話して遊ぼうと思ってたのに、タカ兄がすげぇ話しかけてくんの。しかもこんなこと言うの。
まだ遊ぶ予定だったんだけど、なんかめっちゃ情けない顔するから、しょーがないからしぶしぶ!しぶしぶついて帰った。
もう少し遊びたかったのになんだよって思ってたら、店の方のカウンターに座らされて、そのまま待たされること10分。連れて来といていきなり放置とかマジねーわ。
ツレに予定変わってごめんってLINE入れ終わったあたりで、店の服に着替えたタカ兄がなんか包みを持って戻ってきた。…カウンターの向こうに。
「ごめん。待たせたね」
「いやマジ待ったんだけど。用事くらい言ってってっつーの」
「はは……」
下がり眉のなっさけない笑顔にゴマかし笑い、いつものタカ兄。
なのに、なんでこんないきなり連れてこられたんだろ。
わかんねーし。
タカ兄は、手ぇ洗って包丁持つと少しキリッとする。
テニスの時とは違うんだよね……こーいうの、なんだろ。なんかムカつく。
よくわかんないけど、ざわざわする。
落ち着かないし、でもやな感じでもないし、なんなんだろ。
包みから出てきたのは白身魚の身だった。
慎重だけど早い動きで魚が切り分けられて、皿に盛り付けられていく。
あんま見てないからわかんないけど、なんか前よりは上手くなった?の?
まさかこれ見せたかった?
いや、それだけでタカ兄があんな引っ張ってくるわけないや。
あっという間に刺身が出来上がって、あたしの前に置かれた。
……あんま綺麗な出来じゃないみたいなんだけど。
少なくともおじさん(タカ兄のおとーさん)の刺身とは絶対違う。なんか端がてろんってしてるし。
「揺、食べてみてくれる?」
またなっさけない顔に戻ったタカ兄にすすめられたから一切れ食べてみた。
……うん、あんまうまくない。
歯ごたえとか表面の舌触りとか、おじさんのと全然違うわ。
ついへの字口になったあたしに、そんでもタカ兄は言う。いつもの顔で。
「将来父ちゃんよりうまい魚が出せるようになるから、ずっと味見してくれないかな。できたら、その、その先もずっとさ」
そのあと食べた刺身は、なんかしょっぱかった。