第2章 百鬼夜行
「あの……」
広い校舎で小さな声がした。
振り向けば俯く女子生徒。
夏は暑い。校内に居ても蝉のうるさい声が響く。
「若利君、先行くね」
お呼びでない、お呼びでない。俺なんて全くお呼びではないのだ。
鼻歌交じりに手を頭の後ろに回して歩き出すとつんのめる。
「天童さんに話があるんです」
なんとまぁ、小さく白い手だろうか。
俺のベルト辺りを控え目に握るその子の顔は、良く見えなかった。
「天童、先に行くぞ」
「……うん」
ざわついていた廊下がまるで時が止まったように静まり返った。
「私、二年の千夏って言います」
「千夏ちゃん」
壊れた玩具の様に、繰り返す。
「良くバレー部の試合、見に行ってて」
「そうなんだ」
高校に入学して、時たまこうして女子の赤らむ顔を見る。
でもそれはコート上にいるからであって何も持たない俺には皆興味なんて無いんだろう、なんて、思ってしまう。
「それで、あの」
「ごめんネ、まだ部活あるしそういうのは」
だから無難に。それが誰も傷つかない最善。
「夏祭りに、誘いたくて」
尻すぼみで小さくなる声に、瞳孔が開く。
行き場を無くした語尾がふわふわと宙を漂う。
「夏祭り」
また、壊れた玩具の様に言葉を返すと前髪を撫で付けて、その子は頷いた。
「俺と、夏祭り」
「だめ、ですか」
ついさっき受け取った日程表を開くとその子が覗き込み、細い指で紙をつつく。
「この日の花火大会に、誘いたくて」
行けない事は無い。
行って楽しいのだろうか。
だって話した事もないのに。
「じゃあ誘われてあげる」
楽しくなくても、良い気がした。
俺の動き、言葉に何とも言えない顔をするその子に、少し期待してみたかった。