第16章 アダムとイヴの林檎
―――人見知りで、臆病で。引っ込み思案な自分が、今こうしてスタッフや業界の人たちと普通に話せるようになったのも、うまく立ち回れるようになったのも、全部、全部、この運動部のおかげだった。
百と知り合ってから、やれゴルフをしよう、だの野球やフットサルを見に来い、だの、オフの度にしつこく誘われていた。頑なに断っていたけれど、仲の良い身内で運動部を作りたいからその第一部員に零の名前がほしい、と頼まれて、渋々受け入れたのがこの運動部に入った切欠だった。
渋々受け入れたけれど、百が運動部に誘う人たちは本当にいい人たちばかりだった。NEXT Re:valeの番組が決まったのだって、この運動部に入っていたプロデューサーから声を掛けられたおかげだ。
自分は一体、どれだけ百に助けられてきたのだろう。思い返してみればみるほど、知らなかったことを知れば知るほど、百の優しさと温かさで、これ以上ないくらい胸がいっぱいになっていく。
『………百』
小さく名前を呼んで、顔をあげれば。
百とばっちり目が合って。
『……百っ』
―――それは、無意識に近かったと思う。
考えるよりも先に体が動いていて、思わず百に抱き着いていた。彼の背中に腕を回して、肩の辺りに顔を埋める。大好きな温もり、大好きな匂いが、じんわりと自分の中に広がって。ひどく安心して、どうしようなく満たされる。
「………零…っ?」
『……ごめん……。こういうこと、もうしちゃだめってわかってるんだけど……でも』
「………」
『でも……、もう少し、もう少しだけ……このままでいちゃだめ?』
百からの返事はしばらく聞こえてこなくて。代わりに、おそるおそる百の両腕が背中に伸びてくる。手のひらがそっと背中に触れたかと思えば、そのままぎゅ、っと優しく抱き締めてくれた。
「……だめなわけ…、ないじゃん…」
百のふわふわな髪の毛が頬にかかってくすぐったいのに、今はそれさえも嬉しくて。骨ばった大きい手とか、あったかい体温とか、細いくせに筋肉質な胸板とか、百の全部が、たまらなく愛おしくて。
解けない魔法にかけられたのは、私の方だったみたい。
いつかの百のその言葉の意味が、今ならよくわかる気がして。
このまま時間が止まればいいのに、なんて――そんなことを思ったんだ。