第16章 アダムとイヴの林檎
「……九条さん…。ただいま帰りました」
天が帰宅すれば、九条が微笑みながら出迎える。
「おかえり、天。もうすぐ、東京国際音楽芸術祭だね。期待してるよ」
「ありがとうございます」
「あんな写真を出回らせた上に、事務所間のトラブルなんて起こした八乙女プロには失望したけれどね。そろそろ頃合いかな……」
「あの、お伺いしたいことがあるんですが」
天は、疑問に思っていたことを九条に問いかけた。
「亥清悠という少年は、どういう点で失敗作だったんですか?」
「はは。君と真逆に創っちゃったんだよね。でも、全然良くなかった。退屈だし、不愉快だし、まるでだめだったよ。だから、気付いて、すぐに手放しちゃった」
「どう、真逆に育てたんですか…?」
「ファンに感謝するなと教えたんだ。ファンの反応に一喜一憂して、不安定になるのは馬鹿らしいことだってね。ゼロが消えた理由も、ファンのせいかもしれないから」
「………」
「……そしたら、技術だけはあっても、つまらない欠陥品が生まれた。がっかりしたよ。だから、もう見ていたくなくなっちゃったんだ。それで、手放したんだよ」
「……あなたは、自分の手で育てた人材を、失敗作だからと見捨てたんですか……?」
「そうだよ。息子にしてあげるって約束してたけど、あんな風になると思わなかったし…」
「九条さん、それは……」
天は言いかけて、ごくり、と息を呑んだ。
「それは?」
「……。……それは、ひどいことです。あなたはひとりの一生を振り回した」
「……僕を責めるのか?」
「九条さんを尊敬しています。だけど、こればかりは尊敬できない。彼に謝っ――」
「謝ったよ!失敗作だと言った!だから、レッスンはこれで終わりと言ったんだ!」
声を張り上げる九条を落ち着かせるように、天が続ける。
「ボクが必ずあなたの期待に応えます!これ以上、理や、彼のような子を増やす必要はありません!……前にも言った通り、零のことも忘れて、今後はボクだけに投資してください!……いいですね!?」
天の言葉に、九条は少し驚いたように目を見開いてから満足そうに微笑んだ。