第11章 夏の日の陽炎
* * *
「……朝宮巴がこの件から降りたよ。つられて、何人か逃げ出して行った。食べないのかい?今夜はフィレステーキだ」
月雲了が、にこやかに微笑みながら、言った。
「悪いけれど、肉は食べれないんだ」
そう答えたのは、千だ。
了の家で、高級そうなテーブルを囲む二人。
ステーキに手をつけようとしない千に、了はにこやかに微笑んだまま続ける。
「好き嫌いはいけないな。ところで、僕が招待したのはモモなんだけど」
「僕じゃ不満?」
「まさか。会えて嬉しいよ、千。君とは一度ゆっくり話したかったんだ。尖った物が苦手なんだってね。この部屋には尖った物がたくさんあるんだ。トラウマ克服に協力しようか?」
「………」
「冗談だよ。モモに殺されちゃう。ところで、朝宮巴と密会したね?僕を出し抜いたと思ってるんだろうけど、それは間違いだよ。千葉志津雄は全員の説得に失敗した。千葉サロンの暴露に乗り気の面子はまだ残っている。ツクモのバックアップがあれば十分…」
了がそういいかけた時、電話が鳴った。
「失礼。電話に出るよ。……もしもし……。……千葉志津雄が引退!?馬鹿な……すでに会見を開いたのか!?…わかった……。また連絡する」
慌てた様子で電話を切った了に、千が口を開いた。
「へえ…。志津雄さん、引退するんだ」
「………。参ったね。現役の暴露本なら話題になるが、引退後の暴露は忌避される。死者を悪く言うのを嫌うようにね。かわいい息子が火の粉を浴びないように、体を張って退陣したわけだ。さすが、世界のチバシズオ!ブラボー!」
「………」
「おまえの入れ知恵か?」
「ないしょ」
「あはは…。何、問題ないさ。支配のスピードが緩んだだけで、星影が弱体化することに変わりはない。星影の屋台骨だった千葉志津雄が引退するんだからね。即効性の毒が、遅効性の毒に変わるだけだ。……だけど、千。僕は今、とてもむしゃくしゃしているよ!」
狂気めいた笑みを浮かべる了に、千は表情一つ変えずに続けた。