第22章 【国見】汗は消えども火照りは消えず。
「チッ……」
何度目かの舌打ちを国見は盛大に打つ。
美男子だと校内で密かに囁かれているその顔も苛立ちで歪む。
今朝の自分を呪いたい。
電車の時間に遅れそうだからと半ば無理矢理に乗るように言われた母のオンボロ自転車。
一漕ぎする度にキーキーと音を立てていたソレは駅まで残り半分と言ったところで音も立てずにチェーンを外した。
(これじゃ結局遅刻じゃんか……)
道路の端に寄せて自分で直そうと自転車を睨み付けて見るものの、普段乗りもしない自転車の修理なんてわかるはずもなく。
ただ、時間だけが無情に過ぎていくだけだった。
「あっつ………」
夏の日差しは容赦なく降り注ぐ。
国見のこめかみに汗が滲んで、一粒輪郭に沿って流れ落ちた。
……プップ
「………?」
不意に、背中から聞こえた車のクラクションに反射的に振り向いた。
そこには白い乗用車の窓を開けて身を乗り出している女の人の姿。
「ねぇっ…!電車、乗り遅れちゃうでしょっ…乗って!駅まで行くから!」
「、え…?」
普段の自分なら、きっと…いや、間違いなく乗らない。
だけど、その時は開いた車の窓から流れ出してくるエアコンの風がどうしようもなく魅力的で。
「…お世話に、なります」
自転車を端に寄せて鍵をかけて、国見は助手席のドアに手をかけた。
「…………」
こう言うとき、何か喋った方がいいんだろうか。
あの人なら止まらないマシンガントークで盛り上げるのかも、と国見はこめかみの汗を拭いながら主将の顔を思い浮かべた。
「…いきなり、声かけてごめんね。驚いたでしょ…?」
「いや、まぁ…少し…でも助かりました」
話し掛けられて視線を向けると柔らかな笑顔と交わる。
社会人なんだろう、キレイめのスカートとブラウスは見た目にも涼しげで大人っぽく見えた。
「いつもね…大体あの辺りで追い抜くの、だから君の事知ってて。あ!私…と言います…」
そう言って、と名乗った彼女はニコリと微笑んだ。