第1章 ヒロイン目線
今日で100日目。満願の日だ。
私は夜空を見上げ、息を吸い込んだ。
恋人の晋助が江戸を立ったのは128日前の夜。いつもどおり突然呼び出され、いつもどおりに抱かれた。
そして別れ際に「少し長く江戸を離れる」と告げられたのだ。
普通の男ではない。だから惹かれた。だから、私には止める術が無い。
「戻って、来るよね?」
泣きたいのを堪え問う私に、晋助は唇の端を少し持ち上げた。
「お前が待ってくれるって言うならなぁ」
…そんなの、決まっているのに。
1ヶ月近く経って、少しでも気がまぎれるならと、お百度参りを思い付き、今日まで毎日続けてきた。
雨の夜も、少し体調がすぐれない日も。
それも、今日で終わり。神様は、願いを聞き届けてくれるだろうか。
私は家を出て、歩き始めた。
通りにはほとんど人がいない。
ここ1ヶ月程、辻斬りが出るからだ。
昨日も真選組がパトロールをしながら、注意書きを配ったりしていた。
私も亜麻色の髪に赤い瞳の、まるで少年みたいな隊員にビラを手渡された。
「姉さんも気をつけてくだせぇ」
ビラには、夜に不要不急の外出は避ける、特に女の一人歩きは厳禁。辻斬りは2人組、出逢ったら金品を取られ、女は犯されたうえに殺される。というような事が書かれていた。
私は小さく苦笑した。
まさに不要不急の女の一人歩き。あの隊員が見たら何て言うだろうか。
そんな事を考えつつ、神社へ着いた。
登り慣れた石段を見上げ、深呼吸。
一歩ずつ、登って行く。
半分ほど登ったところで、私は息をのんだ。