第1章 つぎは山鯨 *八丁堀の七人*
同心、佐々木正三郎は、又蔵をその場に置き、与力の青山に伺いを立てた。
「…と言うことのようですが、如何いたしましょう?青山様。」
「いいんじゃねぇのかい?当人たちが食ったのは牡丹に紅葉ってんだろう?それなら、咎なんかねぇじゃねぇか。」
「そう……ですよね………。かしこまりました。」
座位のまま一礼して正三郎が下がると、青山はさも面白そうに口許を歪ませて、ポツリと呟いた。
「ちったぁ娯楽もねぇとな。正三郎もまだまだ青二才よ。ククク……」
青山の采配により、番屋を出された利左衛門と伊之助は、そこそこ神妙にしていたものの、角を曲がって番屋から目が届かなくなると、途端に羽を伸ばした。
「いやぁ、伊之助さんの機転には頭が下がりますな。あの場で牡丹と紅葉を食べていたなどと……くくく……」
「悪知恵と言うものは、こういうときに使うものですよ、利左衛門さん。それにしても、佐々木様が、まさかご存じないとは驚きましたが………。」
「まったく。猪は牡丹、鹿は紅葉。誰が考えたんだか知らないが、隠語と言うのは便利なものですな。」
「まったくです。ささ、早く帰って続きを楽しむとしましょう。利左衛門さんに子が生まれた暁には、山鯨で乾杯ですな。お内儀と頑張ってくださいよ。」
「分かってますよ。口実を作るためにも、さっそく今夜辺り………。」
江戸の町は今日も、至極平和である。
完