第1章 つぎは山鯨 *八丁堀の七人*
ある冬の、番屋でのことである。
御定法で禁止されている、獣の肉を食べたとして、深川に店を構える錦屋利左衛門と、同じく深川薬問屋の伊之助が、きつい取り調べを受けていた。
「その方ら。獣の肉を食べたであろう。肉食は御定法で禁止されている事、知らぬとは言わせぬぞ。」
「滅相もございませぬ。私どもはあくまで、薬食いをしていただけにございます。お上に逆らうなど、あるはずもございません。」
「なに、薬食いだと?」
「はい。」
「うむ………。」
二人の返答を聞いた岡っ引きの又蔵は、面白くなかった。身内に薬食いを行うほど弱った者がいるわけでもなく、むしろ嬉々として肉を食らっている様子を、その目で見ていたからである。
「おぅ。じゃあ聞くがよ。一体ぇ、誰が薬食いをしたってんだ。俺ぁ、この目でちゃぁんと見てやがったのよ。お前ぇら二人が、猟師から仕入れた肉を食っちまう所をよ。」
「恐れながら……それは、親分さんの見間違いかと存じます。」
「見間違いだと?やい、てめぇら。まさかこの又蔵様の目が、節穴だとでも言いてぇのか?」
「いえいえ、決してそのような事は……。確かに、猟師から肉を買いましたが、私らが食べていたのは、牡丹と紅葉でございますよ。」
「牡丹に紅葉だぁ?けっ!残念だが、身内に病の者が居ねぇってことは、ちゃあんと調べをつけてあんのよ。ふざけたこと抜かしやがると、牢へぶちこんじまうぞ!」
「又蔵、少し落ち着け。その方ら、確かに肉は食っておらぬのだな?」
「はい。」
「ならば誰が肉を食ったと申すのだ?又蔵の調べでは、床に伏せる者はおらんはずだが。」
「実は………身内の恥と伏せておりましたが、妻になかなか子が出来ず、このまま跡取りに恵まれなければ、100年続いた店が潰れてしまいます。そこで、この伊之助さんに相談したところ、それならば薬食いを試してみてはどうかと。病に負けぬ力を付けるには、これ以上の物はないと聞いたのでございます。」
「伊之助、それに相違ないか?」
「はい。間違いございませぬ。」
「ふむ…………。よかろう。吟味を致すゆえ、暫し待っておれ。逃げるでないぞ?」