第6章 新しい住人-ショウトツ-
「(今日から首相の息子さんが一緒に暮らす…)」
朝、私はアパートの前を掃除しながら昨日の朱鷺宮さんの話を思い出していた。
「(何も問題が起きなければいいけど…)」
小さく溜息を零した時、後ろから肩を叩かれた。驚いて振り返れば、そこにいたのは尾崎さんで、私はホッと安堵の息を洩らす。
「おはよ!」
「おはようございます」
「そうか、今日の掃除当番なんだな。お疲れ様」
「はい、そろそろ終わります」
「あのさ、立花が作った抹茶のスポンジケーキあっただろ。あれめちゃくちゃ旨かった!」
「それは良かったです。わざわざお礼を言いに来てくれるなんて有難うございます」
「それと…昨日は平気だった?」
「?平気とは…?」
「具合悪かっただろ、顔真っ青にしてさ。あれから心配してたんだよ…大丈夫かなって」
「あぁ…あの時はご心配をお掛けしました。昨日はぐっすり眠れたのでもう大丈夫です」
「立花ってさ、もしかして…人が倒れてる所見るの駄目なの?」
「お恥ずかしいのですが…その通りです。累が倒れていた時は…死んでいるんじゃないかって勘違いをしてしまったくらいで…」
「累?」
「あ、鷺澤累さんです。
帝都大学の医学部の…」
「……………」
「尾崎さん?どうかしました?」
「随分と仲が良いんだなと思ってさ」
「それは…友達になったので」
尾崎さんの表情や態度はいつもと変わらないのに…何だろうか…この、居た堪れない空気は…。
「友達になったその日に名前で呼ぶ仲にまで進展したんだな。凄い凄い。」
「え、えぇ…彼が名前で呼んでほしいって言ったので…あの、それが何か?」
「いや、何でもない」
「(何でもない割には…笑顔がコワイ。)」
笑んだ顔が嘘のように違和感がない。けれど、滲み出ている空気が…ピリッとした気がする。言葉もどことなく、鋭さを感じた。
「尾崎さん…」
「ん?」
「掃除終わったので…片付けてきます」
「手伝おうか?」
「いえ、箒を片付けるだけなので大丈夫です」
「そっか。じゃあ後でな」
笑んだ尾崎さんをその場に残し、私は逃げるように箒を片付けに向かった。
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