第5章 首相の苦悩-トモダチ-
「よし…できた!」
台所を借りて、私は抹茶のスポンジケーキを作っていた。美味しそうな匂いが漂う。
「あとは生クリームを添えて…」
「おや、おはようお嬢さん」
「おはようございます、早いですね」
「いや、これから寝るところ」
「…もしかして、夜通しずっと執筆されていたんですか?」
「いや、夜遊びして朝帰り」
「…それはそれは。人気作家でありながら執筆をサボって女性と夜遊びを楽しまれていたとは。先生は作家としてのご自覚はあるんでしょうか」
「はは、君は冷たい目で僕を蔑むね。可愛らしい君の声も何だか刺々しく聞こえるよ。もしかして妬いてくれてるのかい?」
「何をどう受け取ったのかは知りませんが全然妬いてません。むしろ呆れ返ってるんです」
「僕は君に妬いて欲しいんだけどな」
「妬きません」
「えー」
「(全くこの人は…)」
「今夜でも僕と夜遊びに行かない?」
「遠慮します」
「僕と二人きりだよ?」
「そういう問題ではありません」
「じゃあ僕の部屋に遊びにおいでよ。なんなら泊まって行っても大歓迎だよ」
「…紫鶴さん、いい加減にしてください」
「あ、怒ってる」
「そう思うのなら今すぐにやめて下さい」
「君を揶揄うのは本当に面白いね」
「(私は全然面白くない…)」
「君こそ早くない?まだ7時前だよ」
「なんだか目が覚めてしまって。それに何だか無性に甘いものが食べたくなったので台所を借りてお菓子を作っていたんです」
「……………」
「紫鶴さん?」
「何だか無性に甘いものが食べたくなったな」
余りにも分かりやすい彼の言葉に思わず呆れたような笑みが浮かぶ。
「これから寝るんじゃないんですか?」
「君の手料理を食べずに寝るなんて勿体ないじゃないか。せっかく君が愛を込めて僕のために作ってくれたって言うのに」
「別に紫鶴さんのために作ったわけじゃないです。それと愛は込めておりません。一応ホールで作ったので切り分ければありますけど…召し上がりますか?」
「有難う、きっとそう言ってくれると思ってた」
微笑んだ紫鶴さんが歩み寄って来て、私が作った抹茶のスポンジケーキを覗き込んだ。
.