第28章 マーマレード-アサゲ-
「…そろそろ出来上がりかな」
仕事を終え、私服に着替えた私は台所を借りてクッキーを焼いていた。
果物屋さんで見つけたオレンジの果汁と細かく刻んだ皮を生地に練り込ませて焼き上げる。
「(小腹が空いた時に食べよう…)」
オーブンから取り出したクッキーは綺麗なきつね色の焦げ目を残していた。
「美味しそうな匂い」
私はそれを小さな小袋の中に詰めていく。
すると人の気配がした。
「隠さん、こんばんは」
「やぁこんばんは。この甘い匂いは…オレンジ?」
「はい。新鮮なオレンジの果汁と皮を使ってクッキーを焼いていたんです。あ、良ければ隠さんも食べてみて下さい」
「……え?」
「大丈夫です、味は保証します。それに…食べるのが面倒でもクッキーなら手軽でしょう?」
「いいのかい…貰っても」
「もちろんです。だからせめて、これを機に少しずつでいいので食に興味を持って下さい。食べることは栄養にも繋がります」
「僕は君のことを少し誤解していたみたいだ」
「誤解ですか?」
「小姑のように叱りつけるかと思えば、世話焼きでとても優しさに溢れた女性だった」
「こ、小姑…!?」
「クス…小姑は冗談だよ」
「………………」
「それ、貰っていくよ。書庫に戻って紅茶を淹れ終える頃には冷めているだろう」
「ちょっと待ってて下さいね」
私はクッキーが入った袋を隠さんに手渡した。
「有難う、じゃあ」
隠さんがそうしてホールから去り、私が後片付けをしていると朱鷺宮さんがやってきた。
「お、良い匂いがするな」
「オレンジ味のクッキーを焼いたんです。良ければ朱鷺宮さんも如何ですか?」
「いいのか、それじゃあ貰おうかな」
「はい」
クッキーを袋に詰めて朱鷺宮さんにも手渡す。
「立花は本当に手先が器用なんだな。こんなものまで作れるなんて尊敬するよ」
「尊敬だなんて…」
「お嬢さんは良い妻になりそうだなぁ」
「朱鷺宮さん!?」
「照れなくてもいいじゃないか」
「うー」
「じゃあコレ、有難う」
笑みを浮かべて朱鷺宮さんは去って行った。私は紅潮した頬を残し、その場に佇んでいた…。
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