第26章 干からびたパン-ヒトリダチ-
まだ何も知らないも同然────そう思った時、ふと“あの人”の言葉が浮かんだ。
『幸せになることは許さない』
「………………」
とても冷たい瞳をした優しい彼は、私を縛りつけるかのように呪いを掛けた。
「約束は…守らなきゃ」
そっと茜色のピアスに触れ、私は目を閉じた。
✤ ✤ ✤
「おはよう、立花!」
「………………」
その瞬間、私はほんの少し────ほんの少し苛立った。彼が余りにも今まで通りで、昨夜のことなど何もなかったかのような明るい笑顔だったからだ。
「おはようございます」
私だけ気にしてるみたいで…ちょっと悔しい。
「(あれ?今日の巡回……)」
私は入り口近くの組み合わせ表に目を凝らした。
「おはようございます。……あれ、今日は燕野はいないんですね」
「え?ああ今日は向こうだ」
作戦室に入ってきた滉は燕野さんがいないことに気付き、朱鷺宮さんが答える。
「行ったり来たり大変そうですね」
「まぁそんな役割を自分で買って出たわけだからな」
「ところで朱鷺宮さん、この間あいつ妙にへこんでませんでした?何かあったんですか?」
「…薄々は察するが、まぁそのうち本人が話すんじゃないか」
そう言って朱鷺宮さんは煙草の箱から一本引き抜いた。何処かはぐらかすような気配だった。
「それより立花、今日から独りで巡回に出てみるか」
「………え!」
部屋に入った時から気になってはいたのだ。今日のアサクサ地区担当には、私の札しかない。
「久世も一人で巡回に出てるしな。それに稀モノも無事に一冊見つけられたことだし、もう大丈夫そうだって隼人も太鼓判を押してたから」
その言葉にはっと隼人に向き直る。
「良かったな、一人前だぜ」
少しの緊張を抱きつつ、私は人生初の一人巡回に出掛けた。
まず訪れた先は────。
「おはようございます!」
「おう……あれ?今日は見張りいないのか」
「見張りって…。今日から独りで巡回に出ていいって言ってもらえたのです!」
「そいつは良かった。邪魔な奴がいなくなってこれで心置きなく口説けるぜ」
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