第16章 裏切りの夜-シンジツ-
何か乾いたものが裂けるような微かな音がして、塩辛いものが口の中に満ちた。
「…仕方ないだろ。俺のこの身体には…黒い羽根の刺青が入ってるんだから」
「…い、れ…ずみ?」
「あいつがお前を犯せって言ったら犯さなきゃならないし、殺せって言ったら殺さなきゃならないんだよ!」
「………!?」
「…それとも、あんたは俺が死ねばいいと思う?あいつに逆らって沈められた奴みたいに、俺も殺されればいいと思う?」
「な……」
「そういうことだよ」
「……………」
「でも…同情はするよ。……可哀想に。あいつからは逃げられない。……不幸者同士、これからも仲良くしてくれよ。あんたはもう、カラスの仲間になるしかないんだから」
「……………」
「その白い肌に黒い羽根の刺青……───似合うと思うよ」
彼が去って行った後、私は目を閉じた。一つ、二つと数えてそっと目を開ける。
「…夢じゃないの?」
私は何度も瞬きを繰り返した。痛い程きつく瞼を閉じ、おそるおそる開く。
けれどやはり、目を開けた瞬間に映るのは屋敷の天井でもアパートの天井でもなく、温室から見える夜空なのだった。
「……──滉?」
例えば、もういっそ次に目を閉じて永遠に眠ってしまえるのならそれが一番幸せな気がした。
視界がぼやけている。泣いているらしい。けれど、何に泣いているのか分からなかった。
「(あそこまで酷いことされておいて本気で嫌いになれないのは…"そういうこと"だ。)」
この気持ちに…気付いてしまった。
でも想いを告げるつもりはない。
「彼に許されない限り…私は自由に空を飛ぶことも…幸せを望むこともできない。それでも…想うことだけは許して───……」
鳥籠に囚われた【あの子】は今もずっと、目の前に広がる青い空を見上げながら"此処から出して"と泣いている。綺麗な羽根は傷付き、鳥籠の鍵は開かない。私達はいつになったら…自由に飛ぶことが出来るのだろう。
「比翼の鳥…。私の隣で一緒に空を飛んでくれるのは…私を幸せにしてくれる人」
私は夜空を見上げる。
「滉…。私は、貴方が……─────」
その切ない思いは、誰に届くわけでもなく、少し冷たい風の音と共に消えていった。
next…