第16章 裏切りの夜-シンジツ-
「……………」
翌朝。
これ以上ないくらいばつが悪そうな顔で彼は門の前に立っていた。
「お、おはよう…ございます」
「…おはよう」
「(てっきり、もう巡回は別の人と行けって言うかと思っていたのに。)」
私は出来るだけ映画館でのことを思い出さないようにして続ける。
「……あの、昨日…引っ叩いたことは…謝ります。本当にごめんなさい…」
「別にいいよ」
「…ごめんなさい」
「いいって」
「…ただ!昨日みたいなことは本当にもう絶対、二度と、金輪際、何があっても口にしないで」
「厳重だな」
「からかわないで。感情的になって叫んだことも謝ります。でも…私は本当に心配なの」
「……──覚えておくよ、一応」
微かな間が、気になった。
けれど昨夜の傷ついたような彼の顔が浮かんで、私は何も言えなかった。
そうして私達は無言のままバスに乗り、いつものように担当の地区に向かう。
「………?」
気のせいかな
「…ねぇ、杙梛さんのお店開いてるように見えない?」
「確かに開いてるな」
✤ ✤ ✤
「こんにちは!杙梛さん、どうしてここにいるんですか!温泉に行ったんじゃないんですか!」
「それがなぁ、急なお座敷で行けないって」
「え……!」
「俺なりに説得はしたぞ?ただかなり馴染みの客で、どうしても彼女じゃなきゃ駄目って話で」
「…………」
「そう言われたら温泉なんか行ってられないだろ。仕事なんだから」
「それは正しいです、ただ…」
「独りにはなるな、とは言い含めたよ。あと変なのに追っ掛けられてるとか理由つけて、暫く置屋に寝泊まりしろ、とも」
「…有難うございます」
「…………」
その時、ふと、そこにある物が無いことに気付き、杙梛さんに尋ねた。
「ブローチ、売れちゃったんですか…?」
「最近な」
「そうですか…」
「売られちゃまずかったか?」
「いえ!そんなことはないです!」
「そのブローチ買ってったのは、男だったよ。帽子を深めに被って顔は確認出来なかったが、声は男だった。…お嬢さんに売りつけた方が良かったか?」
「…いえ、茜色は…嫌いなので…」
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