第14章 幾つもの囀り-フイウチ-
午後、美沙宕さんという芸妓の女性と待ち合わせ、私達はフラマンローズに向かった。
滉の同席も問題ないと言うことで、飲み物を注文して早速話を始める。
「でも、取り出したその本を見たら、手書きの和綴じ本で。ギンザの…あの、何でしたっけ、気取った、いけすかないお店」
「…ナハティガル?」
「そうそう、そんな名前ですよね!私ね、以前あそこに入れてもらえなかったんですよ!せっかく連れて行ってもらったのに…私は入る資格がないから駄目だって。馬鹿にしてるんですよ、芸者だからって!もう潰れちゃえばいいんです、あんなお店!」
「…美沙宕さん」
私はつい、苦笑を浮かべてしまった。
「あぁそうそう、それで本ですよね。少し前のお座敷で、そのお店に連れて行ってくれた社長さんが自慢げに言ったんです。すっごぉく沢山お金を払って、特別に手に入れた本なんだよって」
「!」
「でも私、汀先生にきつく言われてるんです。手書きの和綴じ本は絶対に開いちゃいけないよって。だからね、優しく言ったんですよ?こんなもの読んでないで美沙宕の舞いを見て下さいなって」
私は美沙宕さんの話を聞きながらレモンティーが注がれたカップに口を付ける。
「でも一緒に読んで楽しい気分になろうってもうしつこくてしつこくてしつこくて。だからいらっときて、つい強く突っぱねちゃったんです。それで怒ってお座敷から出て行っちゃって…。でもね、そんなふうに帰ってしまうところまではよくあるんです」
「(しつこい男は嫌われるしな。)」
「癇癪持ちなところがあって、駄々っ子なんです。でも私のことをとても気に入って下さっていて、週に二日は必ずお座敷に上がるんです。でも…」
彼女から、笑顔が消えた。
「それきり音沙汰がなくなってしまって、心配していたんです。そうしたら昨夜偶然、その社長さんのお友達のお座敷で。そこで…死んだって聞かされて」
「………え」
「帝都大学病院の屋上から、飛び降りたんだって。お名前は……───柄長さん」
「柄長!?」
「……………」
「新聞にも小さく載ってたよって言われたんですけど、あんなもの、漢字が多くてむつかしくて読めません」
「このことは紫鶴さん以外の他の誰か話しましたか?」
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