第8章 月夜【テオ→主人公】
右手が、ぴくりと動く。
その涙を拭いたいというかのように。
理性の及ばない衝動が、弾けんばかりに膨れていた。
「テオ………?」
思いつめたような彼の表情に、駄犬が思わず声をかける。
その声にはっとして、邪念を払うように首を振った。
惑わされるな。
頭の奥で、やけに冷静な自分が語りかけた。
これは伯爵のお情けで屋敷に身を置く鬼女、それ以上でもそれ以下でもない。
駄犬は心配そうにテオを見つめていた。
唇が、言葉をさがすように開いては閉じる。
その艶めいた唇が、謀らずも男を魅了している。
テオは胸の内で毒づいた。
『俺は、一体なにを考えてるんだ?』
風がふたたび吹き始める。
彼は無言のまま踵を返し、テオは足早に彼女のもとから去った。