第4章 kiss me【赤井秀一】
「キスしてください」
「断る」
少しも考えることなく拒絶したその口はそのまま珈琲の揺れるマグカップにキスをした。 まだ湯気の立ち上るそれは彼がかけていた眼鏡を曇らせる。容姿や声は違えど、目の前のソファに体を沈めている茶髪の男性は恋人である赤井秀一その人だ。
「今手が離せなくて、申し訳ありません」
昴さんの声が赤井さんの口調で拒否したかと思えば赤井さんの言葉を昴さんの声が昴さんの口調で取り繕って……と誰に説明するわけでもないのに頭の中で現状を整理してみたものの、思った以上に複雑になったから途中でやめた。もっと言えば、事情があるとはいえ彼が手を離せないのは隣の家に住んでいる小さな女の子の生活音を盗聴しているから、というのは色々と複雑なもので。
本当に手が離せないのは分かってるし、仕事だし、ただ何気なしに……そうそこに赤井さんの唇があったからキスしてほしいなって思っただけであって()、何もそこまで一刀両断する必要ないじゃない。私ってそんなに魅力ないですか。あ、ないな。珈琲と小学生女児に負けるアラサーの魅力とは……なんて涙を誘うフレーズなのだろう。
「怒らないで、かわいいお顔が潰れてますよ」
「やかましいです」
「後でしてさしあげますから少々お待ちください姫?」
「……ひぃ、」
砂糖でも吐き出しているのだろうかと思うほど甘ったるいセリフがよくもまぁつらつらと出てくるものだ。姫って誰。可愛いお顔って何処。もともと潰れてるような顔面ですが何か。警戒心マックスで戦闘態勢をとるも、そんなの関係ないとでも言うように頬杖をついていた手が私の頭を撫でた。浮気者ロリコンストーカーは何故か機嫌が良さそうに仕事を続けている。
【おまけ】
「なんでマンウントポジションとってるんですか?」
「ん?」
「なんで変装解いてるんですか」
「ああ、」
「なんで変声器切っ……わぁああああ!服!脱がない!脱がさない!!」
「後でしてやると言っただろう」
「私が欲しかったのはもっとフレンチなやつなんだけどなぁああ!?」
fin.