第1章 出逢い
「……すみません。何でこんな所にいるのか、自分でもわからなくて」
「あー、そっか。そんじゃあ、どこまで覚えてるか言える?」
「……頭がごちゃごちゃしちゃって」
「それもダメか。じゃあ名前は?自分の名前」
「……クロエ」
「お、名前は言えたね。クロエちゃん。覚えたよ」
自身のプロフィールは、しっかりと思い出せた。幸い、記憶喪失になった訳ではないようだ。
「俺はロナルド・ノックス。ここら一帯は俺の仕事の管轄内なんだよね。だから、協力できることがあれば、言ってよ」
ロナルドと名乗る男は、黒い手袋をはめた手を差し出した。
「立てる?」
まだ震えが残る手をゆっくりと上げた。
「よいしょっと」
ロナルドの手に支えられながら、私は立ち上がった。
薄暗かったはずの空は、気付けば真っ暗になっていた。狭い路地裏では、一層暗く感じる。
「本当にすみません。……ロナルドさん、お仕事中だったんですか」
「いや、仕事はもう終わったよ。定時きっかり。俺、残業しない主義だからさ」
手で前髪をかきあげながら、マジで超過勤務コースかと思ったけどねと、ため息混じりの台詞を吐いた。
表通りに出る為、少しずつ歩みを進める。
「お仕事、何されているんですか」
「俺?まぁ、依頼されたモノの回収ってとこかな」
「それは、お仕事の道具?」
「あぁこれね。うん、そうだよ」
ロナルドが先程から押して歩いているのは、農作業に使用される機械だろうか。スーツ姿の彼には似合わないように感じた。
表通りに出た私達は、一度歩みを止めた。
「さて、クロエちゃんの家はどの辺?」
「私の家は……」
人通りの多い道に出れば、自分があんな所で倒れていた理由やこの場所について、何かしらわかるだろうと思っていた私は、再び焦りを感じた。
記憶が曖昧なのを差し引いても、そこには何一つ見覚えのある景色がない。
「どうした?」
「やっぱり私……記憶が……」
「おい、クロエちゃん?」
目眩を感じた私は、両手で頭を抱えその場にしゃがみ込んだ。
何か、決して忘れてはいけないことを忘れてしまっている気がして仕方がない。